
5月27日(日)
見沼田んぼで、オフ会を行いました。

JR武蔵野線、東浦和駅で10時に待ち合わせ。

でも、集まったのは、予定通り、潮風さん、jyunko21さんの3人だけです。
ちゃんと募集したわけでもなく、何も決めていなかったので、掲示板で「オフ会」やりましょうといったメンバー3名だけの、のんびりとした散歩となりました。

旧家、「鈴木家」の建物、1727年に立てられたそうです。

通船堀から大きな川へ出ました。
@ 期 日:5月27日(日)、(生放送の翌日です。)
目的地 :見沼道船堀公園
(見沼に詳しい潮風さんが居られるので、
道案内して頂きます。
あとは、当日適当に決めて動く予定。)
集合場所:武蔵野線、東浦和駅の改札口を出たところ
集合時間 :10時00分~10時30分の間
(集合時間は多少の余裕をもっていでます。)
終了時間:16時前後(各自都合により解散)
持参品 :小遣い、デジカメ等、弁当(たんぼには店がないかも)
参加者 :潮風さん、JUNKO121さん、原田龍彦の3人がきまっています。その他、当日参加は自由です。10時30分までに、武蔵野線の東浦和駅の改札口まできてください。という、ルーズなオフ会です。

4月19日(木)東京は、午前中は、雨模様でしたが、午後は天気が回復し晴れ間が覗きました。それにしても、今週は16日の月曜日から雨の日がつづき、日本付近は、雨期となったようです。
雨期は、季節の変わり目におきるもの。
季節の変わり目は、空気(気団)の入れ替わりのとき、前線や低気圧の雲が次々と通ったり停滞したりして、雨模様の日がつづくのです。
ナタネ梅雨は冬と春の間の雨期。
タケノコ梅雨は、春と初夏の間の雨期です。
ちなみに、
梅雨は、初夏と盛夏の間の雨期。
秋雨(秋りん)は、盛夏と秋の間の雨期です。
そして、
秋と冬の間にはサザンカ梅雨とよばれる、雨期もあるのです。(と、私はかんがえています。)
雨上がりに出かけるとき、近所(東京都・葛飾区金町の某病院)で、ツツジの花がきれいにさいていました。

東京では、冷たい雨ですみましたが、関東北部の山沿いや、九州の阿蘇などでは、雪になってしまいました。
一般には、3月半ばから4月始めにかけてが「ナタネ(菜種)梅雨」、5月後半から6月にかけてが「タケノコ(筍)梅雨」といわれていますが、今年は暖冬で、雨期も1ヶ月くらい、早いようですね。
今年は、2月末から3月半ばにかけてが「ナタネ(菜種)梅雨」、4月半ばの16日から5月始めのゴールデンウイーク(天気予報では、大型連休ということが多い)にかけてが「タケノコ(筍)梅雨」となりそうです。(ということは、大型連休は、雨模様の日が多いかも)

2006年7月17日(祝・月)
夕方からの、豪雨の後、名古屋港の花火大会が実施されました。直前までの大雨で、客の出足はいまいち。

(やっと撮れた、花火の写真)
花火よりも中心の「港祭り」の方は、もっと盛り上がっていました。

鯱(しゃちほこ)の周りは、炎ではなく、強いライトです。

なんと、山車からは、シャボン玉を吹き出すのです。

空の上では、同時に花火もみられます。

ドッカーン、大きな花火が、咲きました。

2006年2月4日(土)
今回も、土曜日の18時から21時までの放送でした。
まだ、日の入り前に、この喫茶店で夕食。

なんと、スタッフから、早めのバレンタイン・チョコをいただいてしまいました。

2006年1月31日(火)東京は、曇りから午後は雨。
今日は、今年始めての「出前授業」です。
府中第一中学校にお邪魔しました。
1・2年生全員が集まり、約130名と大勢なのに、騒がずに、しっかり勉強してくれました。

道場に集まった生徒さんたち。お行儀欲座ってくれています。

助手を務めてくれた、キャスターネットワークの大友さん。(パソコンの前の人)
(後ろでは、生徒さんが、実験の結果を白板に記入してくれています)
こちらは、実験担当の、東京都の職員 さん。

二酸化炭素を使った、地球温暖化の実験の説明。
2006年1月21日(土)東京は雪、8センチの積雪。
ひかり荘のストリーミング放送、18時から21時まで。

この日の東京は、雪。
台風とか雪にはよく当たります、宝くじには当たらないのに!
初雪について「定義は?」の質問あり。
『初雪は、
(解説)北日本では、ほとんどのところで秋のうちに初雪が降ってしまいます。一番極端なのは、富士山で、夏の6月~8月でも雪が降り、どの日の雪が終雪か、初雪かの区別が難しいのです。このため、しっかりとした初雪の定義が決めてあり、『平均気温のもっとも高い日(高極日)』を境に平均気温の高極日の前を終雪、その後を初雪としています。富士山の平均気温の高極日は、例年は8月の上旬です。したがって、9月から10月に降る雪が初雪となります。しかし、例外として、10月に台風が来て、1日中(24時間以上)南からの暖かい風が吹き、平均気温の高極日となったことがあります。この年は、9月の雪が終雪に変わり、11月の雪が初雪となりました。ともあれ、日本の平地では、秋から冬にかけて、初雪が観測されます。
2006年1月8日(日)
ひかり荘から、今年初のストリーミング放送です。内容はいつものように天気の話と今回は、「お天気カルタ」です。

(放送を終わって、カルタのカードと1枚、カードは古い年賀はがきを利用)
こんな風に、一応カルタは、完成しました。(1月24日に追加)

ストリーミング放送の、冒頭のお天気の話は、どうしても今回の寒波と大雪についてですよね。
週間予報の気温を見てみると、12日ころから寒さは緩み、15日ころには暖気が入る予想。雪国で、見ていてくれる人もいたので、もう一がんばりと励ましました。
お天気カルタは、完成できませんでしたが、一応文章については放送中に、半分まで決めて、次回の1月22日までには、完成を間ざします。
お天気カルタのよいものをいくつか乗せれば、「山越えて 乾いた熱風 フェーン現象」「低気圧 上昇気流で雨作る」「四季の変わり目 雨期がある」などでしょうか。
文の選考は、何とかなりましたが、カルタの絵は大変です。どうしようか!悩んでいます。
2006年1月7日(土)快晴。冬型は、いったん弱まり、北西の風はそれほど強くありません。
戸田公園(埼京線)の早稲田大学くボート部の宿舎へ、日本ボート協会の皆さんへの気象と安全の講習に行きました。

気象衛星の写真を使って、雲の見方の説明。「地球は国境もない、たった一つの運命共同体」とのいつもの話や、雲の縞模様などを説身。
レーダーを使っての、雷や雷雨の監視などの説明を、行いました。
生徒さんは、ボート競技の指導者の人が中心です。

前半は、ボートに関係する気象について。後半は、一般のお天気のお話と事故につながる注しなければならない気象についてお話しました。
みんな、リラックスして、楽しく聞いてくれました。(と本人には思っています。)
ボートの大会などの事故防止が今回の講習の目的です。講習テキストの中に、過去の事故の一覧表があり、そのときの天気図や気象衛星の写真を見ながら。事故のおきたときの気象条件を分析し、事故を回避するにはどんな気象状況に気をつけなければいけないかという説明をしました。
ボート協会は全国にあるので、今後も講習の機会はありそうですね。
2006年1月6日(金)冬型の気圧配置、つめたい北西の風が吹く一日。雪国では、津南町では、393センチ(1月として最も多い)の最深積雪を記録。
私は、一人居酒屋で飲みました。
ここが、秘密の居酒屋「程々(ほどほど)」です。

別に隠してはいないのですが、駅前の雑居ビル4階にあり、ほかの店は、キャバレーやクラブになってしまい、4階に居酒屋があるのがわからなくなってしまっているのです。正確には、JR松戸(千葉県)の東口の駅前にあるのですが、8階建ての雑居ビルには居酒屋が二件だけで、ほかの店はキャバレーやスナック、サラ金などに変わってしまったのです。さらに、1階の入り口にはクラブなどの客引きがおり、普通の勤め人やましては女性などはほとんど入ってきません。「程々」には常連の人しか来ないのです。もったいないです。安くておいしいのに。
しかも、このところ続いている、不況で常連の数も減って、閑古鳥が鳴いてしまっています。何とか助けてあげたいのですが。
だって、安くておいしいのですから。刺身の盛り合わせが(1人前)682円、あら煮大根504円、豚の角煮577円ですよ。しかも全部、板さんの手作り、チェーン店の居酒屋とは味が違うよ!市場の材料によって仕入れるものが違って、メニューは毎日変わるけど、値段はほとんど同じくらいにしてくれています。
メニューを見てください。

メニュー2
メニュー3

写真を3枚並べていますが、横長の経木に書いてあって、つまみの種類は多いです。、その日に仕入れたものを使ったつまみばかりが書かれています。
この日は、お正月なので、少し贅沢しました。いつもは、つまみ2から3品で、お酒2合飲んで帰ります。
スルメいかのわたあえ472円

とらふぐ下関産のふぐちり(1人前)945円です。

馬刺しはちょっと高めでも、787円。

あと、写真とり忘れたけど、
殻つきの牡蠣(2個)494円、マグロとアボガド577円も食べました。
みんなで行こう!、松戸駅前の居酒屋「程々(ほどほど)」です。
2006年1月3日(火)(やっとスムーズに2006年が書けました。)
朝方に表へ出たら、道路に霜が下りていました。昨日の雨で、湿っていたところに、放射冷却で冷え込んだためです。東京、大手町の最低気温は、アメダスの1時間毎の観測では、0.0度でしたが、観測しているのは地上1・5メートルの高さで、地表ではそれより1~3度くらい低いのです。また、観測の間の時間に0度以下に下がっているでしょう。さらに、郊外の葛飾では、都市気候で温暖化している都心より1度くらい低いのが普通なので、氷点下の「冬日」となっているはずです。
昨夜は雪にならず、降ったのは雨でしたが、残った雨の水分が朝の冷え込みで凍ってしまいました。道路は凍結して折、車は危険な状態です。

(朝に薄く凍結した道路)
また、車の窓には、空気中の水分が凍りついた、「霜の花」(氷の結晶)ができていました。
(フロントグラスの霜の花)
さらに、路上では、霜の花ならぬ「霜の葉」もできていました。

(霜の降りた葉「霜の葉」、アップは失敗、ピンボケでした。)
そのほかにも、工事現場の透明なプラスチック版にも、霜の花が咲いています。

(プラスチック版に咲いた霜の花)
歩道の石畳にも、霜が下り、滑ってしまいました。

(歩道の石畳に下りた霜)
こんな風に、結晶して凍る霜は、水溜りが凍ってできた氷とは違います。
道路の石畳にしみこんだ雨水は、結晶しないガラスのような氷として石の表面にありますが、霜はその上に結晶として空気の中に溶けていた水分(水蒸気)が凍り、地表にできていた氷や石の表面上に付着したのです。
『このように、水蒸気(気体)から液体の水を経ないで直接固体の氷になってしまう現象を、「昇華(しょうか)」といいます。』
以上、寒い朝の風景でした。
2006年1月2日(月)(年号を2005から2006に訂正、まだ頭の中では新しい年号に変わっていませんでした。)
今日も曇り空で、昼頃から午後2時過ぎまでに、2ミリ前後の雨がぱらつきました。 夜も、地面にはところどころに水たまりが残っていました。帰ってくる人とすれ違うと、途中で買ったのか、ビニール傘を持っている人が多かったです。
これは、昨日、元日の夜に、近所の駐車場の車のボンネットに降った雨粒。

ところで、2日の朝の、「おはよう○○」という寄席の番組見ました?東京の演芸界の女性の芸人としては、最長老の4人が出ていました。三味線漫談の玉川スミさん、手品の旭曲斎すみえさん、漫才の内海けい子さんと、あしたじゅん子さん、合わせて350歳といってましたっけ。特に、玉川スミさん(右から2番目)は芸歴80年以上の超ベテラン。来年は、この4人の揃ったところを見られないかもしれないので、おもわず画面を写真にとっちゃいました。

(家具のテレビを撮ったら、こんな絵が写っ茶いました。)
2005年11月07日(月) 雨上がりで、快晴の一日。南の風で、東京の気温も24度1分まで上がりました。
金町浄水場の横、柴又街道のイチョウ並木が黄色く色づいてきました。 
(柴又から金町方面へ)
まだ緑の葉もありますが、地面には落ち葉が。掃除も大変な季節です。

隣の浄水場の中のサクラも、紅葉し始めています。

一方、九州など西日本では、黄砂(気象庁の黄砂情報)が舞い込んできているとのこと。黄砂は、春先に見られることが多いのですが、中国大陸で砂嵐が起きると、秋にも時々飛んできます。大阪では11月に黄砂を観測したのは3年ぶりとのこと、空がかすんだようになり視界が15キロ程度となり、見通しのよい日の半分程度に落ちたとのニュース。
2005年11月6日(日)昼過ぎまでは曇り、午後4時ころから雨が降りだす。夜半まで雨続く。
地元の・金町・柴又地区の中学校(T中学)の同窓会総会が開かれました。
そこで、中学校の同窓生を前にして、気象の話をしたのですが・・・・・・・
中学生とは違って、理屈っぽい話や勉強のにおいのする話は、同窓会のメンバーには嫌われたみたいです。(面白い生活気象の話を増やさなければ)
同窓会の式次第。
お堅い同窓会の総会の 出席者は、少なめでした。私も主催者の一人なので、出席者の少ないのには責任があります。なにせ、最近は個人情報の保護法もできて、名簿などが作りにくいのです。(幹事、反省。次回は、がんばらなくては。)

次に、常盤中学校の現役の生徒のブラスバンドが登場。こちらは、コンクールで、連続の金賞を受賞しており、みんなに大うけでした。

観客が少なくて申し訳ないくらいです。会場の後ろには、父兄のビデオも 並びました。

迫力ある演奏に感激しました。私は、負けてるなあ。
懇親会で挨拶する、前任者よりはだいぶ若い2代目の同窓会長Sさん。

宴会では、メンバーが増えましたが。

この先、2から3年は、中学校同窓会の活動を充実させなければ。(以上)
2005年11月1日(月)
ジャズ喫茶の閉店。

ここは、葛飾・金町に唯一のジャズ喫茶でした。牛乳屋さんの二階ですが、時々ライヴ演奏も行われていたのです。名前は「JAZZ38(ミツバチと読みます)」。
今朝(11月1日の朝)、散歩の帰りに、ジャズ喫茶の前を通ったら、ドアに張り紙がありました。なんと、「JAZZ38」は10月30日で閉店していました。理由は、マスターのYさんが入院したかららしいのです。
ここは、わたしの青春の思い出の場所でした。もういけないのがさびしいです。
実は、ここと同じYさんの経営していた深夜喫茶「ビジービー」(金町駅の北口前ビルの地下1階)は、20代の頃の仲間のたまり場だったのです。ほとんど毎日のように、某M高校の仲間のAやNやKや、Nさんなどが、集まっていました。この「ビジービー」は」15年くらい前になくなってしまい、仲間たちもばらばらになりました。
場所は「マツモトキヨシ」の隣で、深夜喫茶のあった地下は、現在倉庫になってしまったようです。

この、マツキヨのビルの隣の地下に深夜喫茶「ビジービー」があったのです。

マツキヨの隣のビルには、今も看板がありますが、地下のところには何も書いてありません。Yマスターは、少し離れたところに、「マンボウ」というカレーを名物にした、新しい深夜喫茶を開店したのですが、私たちはもうその頃には深夜喫茶通いを卒業してしまったのです。
そういえば、深夜喫茶に行く前には、「コンパ富士」に集まって飲んでいました。この「コンパ富士」は、はじめM高校のある立石の駅近くにあったのですが、金町に移転してしまい、そこに集まっていた私たちのグループも金町の「コンパ富士」たむろして、ほとんど毎日飲んでいたのでした。20代の前半ですが、私はもう気象の仕事をしていて、ほかの連中は後輩で学生だったので、お金を出す私の住む金町まで足を伸ばしてくれたのです。
そのコンパ富士も、数年前に閉店し、今は駐輪場になってしまいました。

この駐輪場の右側にカウンターがあり、自転車のあるところが客の入るスペースの細長い店でした。 
時の移ろいを感じますね。
2005年10月27日(木) 秋雨の名残で、関東だけ雨。
新しいデジカメ(キャノンIXY5.0)を買ってから、800KB以上のデータ量の写真をそのまま無造作に載せていました。しかし、作業が遅かったり、掲示板に写真が載せられなかったたりしていました。また、ブログを呼び出すのにも、外でPHSを使うととても時間がかかり、皆さんにも迷惑をかけていることにようやく気がつきました。(鈍いよね)そこで、以前友人にもらったフリーソフト(縮小専用)を使って、写真を軽くすることにしました。
こちらは、今までの重いもの。(846KB)

下が、軽くした写真。(135KB)やっと送るのが楽になりました。

写真の説明。
これは、10月25日の早朝6時頃、散歩に出て撮影したものです。
葛飾・金町の住宅街で、プランタに植えられたラベンダーの花に蜜を吸いに来たスズメガ(雀蛾)の仲間。(図鑑を見ると、ホシホウジャクという名らしい)
とまっているときに見える外側の羽(前羽)は濃い茶色ですが、飛んでいるときに見える下の羽(後羽)の黄色が目立ちます。昼間飛び回るのですが、このときは夜が明けてすぐでした。ホバリングして蜜を吸っているところを、ストロボで一発。幼虫は、ヘクソカズラの葉を食べるとのこと。ヘクソカズラなら、金町にも手入れの悪い生垣などにたくさんあるので納得。でも、写真は1枚もありません。エコヒイキはよくないね。嫌いでも写真は撮っておかなくちゃね。こういう時に必要なんだ。
2005年10月9日(日)雨のち曇り。日中の気温は、20℃そこそこ。肌寒い、秋雨の一日。
ひかり荘で、ストリーミング生放送。

修理したデジカメで、1枚、記念撮影。
終わった後に、居酒屋でいっぱいやっているところです。

金町の「だるま」というところです。仕事の後のお酒は、うまい!
居酒屋からの帰りには、また雨が降りだしていました。
2005年10月6日(木)
カメラの修理が終わりました。万歳、また、ブログを毎日書くぞ!気力が戻りました。
私のカメラはこれ、IXY、デジタル5.0です。(カメラ1台で、カメラ自体を移すのは、難しいですね。とりあえず鏡で写しました。) 
買ってから4ヶ月くらいですが、もう傷だらけです。でもこれは、写真をいっぱい撮った証、カメラの傷は勲章です。
直したところは、オプティカルユニット、LCD、バックライトユニットの3箇所で交換してもらいましたが、メーカーの保障期間内なので、料金は無料でした。
早速、カメラを持ってお出かけです。行き先は、日比谷公園、有楽町から程近いところです。 
夕暮れちかかったので、色が全体に赤くなっています。(運動不足でおなかが太ってしまった私です。)

公園内のカフェです。
こんなに大きな、リュウゼツランもありました。しかも斑入り。

2005年10月5日(水)
実はこのところ、ブログをかけないでいたのは、デジカメが壊れていたからなのです。
この日、有楽町のビックカメラの、地下二階へ行き、カメラの修理を依頼しました。2週間くらいは、帰ってこないものと思っていましたが、ななんと!クイック修理で、翌日の昼までには直るとのことでした。
こんなに早くなおるのなら、もっと早く修理に出せばよかった。このデジカメが壊れたのは、9月のはじめで、液晶画面が見られなくなってしまったのです。ファインダーで見ながらとれば、何とか写真を撮れたので、壊れたままだましだまし使っていたのですが、やっぱり、気力が萎えて、ブログも休み勝ちになってしまったのです。壊れてから1ヶ月、意を決して修理にいったのですが、もっと早く行けばよかったです。
(この人は、修理を受け付けてくれた人。説明がてらファインダーをのぞいて1枚とったものが残っていました。)
2005年9月25日(日)
台風は、まだ離れていますが、朝のうちややまとまった雨が降りました。小村井の田んぼの傾いた稲が心配です。今日は様子を見にいけなかったので、・・・・・・。
ところで、9月も20日を過ぎてからは、すっかり涼しくなり、秋めいてきましたね。
お彼岸も中日の「秋分の日」をすぎて、風景も秋です。
道路わきのつつじの植え込みから出ていた、彼岸花と

その手前にとまっていた赤とんぼ(羽の先に紋があるのでアキアカネだと思います)です。

2005年9月20日(火)
千葉県の千葉寺にある、ハーモニープラザの千葉ことぶき大学へ講演に。ここには、この4年間、毎年1回いっています。

生徒さんは、熟年の方たち。一生懸命しゃべったので、終わったら自分の写真を撮ってもらっただけで安心してしまい、生徒さんたちの写真を撮り忘れました。

これは、千葉寺の駅。4年前は、駅の周りにあまり建物がなかったのですが、最近は、だんだんお店が増えてきました。でも、写真はありません。
実は、カメラの調子がよくないのです。
2002年9月19日(月)
久しぶりで、小村井の小さな田んぼの様子を見に行きましたが、なんと、9月はじめの台風14号の風で、かなり傾いていました。

実りの方はうまくいっているようですが、傾いた姿は痛々しい感じです。
中には、水面スレスレまで倒れているものもあり、刈り入れまでに雨が降ると心配です。

刈り入れは、子供たちを呼ぶので、10月8日(土)を予定しているのですが、それまで持つかどうか心配です。
2005年9月18日(日)
今日も、生放送です。

18時から21時までの3時間、生放送をしました。
内容は、掲示板の「生放送スレッド」を見てもらえば、わかります。
台風やビオトープ、魚などの話や満月(ちょうど中秋の名月の日でした)などの話が出ました。四国の早明浦ダムのHPを教えてもらい、今後の講演に使うなど、いろいろの話でヒントをいただきました。
2005年9月14日(水)
早くも、3日たってしまいました。
今日も暑い一日。原因は、西からの山越えの暖かい風。乾燥しており、日陰では涼しい風と感じるが、気温は高い。
ところで、11日の放送で、ハリケーンの名前は現在も、ABC順に決められており、ハリケーンのカトリーナについての説明で、「Cで始まるから今年の3番目のハリケーンだ」と言ってしまいました。しかし、カトリーナの綴りは、Katrinaで、Kで始まるアルファベットの11番目で、今年11個目のハリケーンでした。大声で、3番目だといってしまって、はずかしいー。(ちなみに、今年3番目のハリケーンは、シンディーCindyでした。)
また現在、フロリダの北に近づいているハリケーンは、オフィーリア(Ophelia)で、15番目のハリケーンです。
2005年9月11日(日)午前中は何とか天気が持ちましたが、午後2時すぎから、激しい雷雨に。
お向かいの家をバックに、雨を採りました。写真に、雨筋(あますじ)が写っています。こんな写真は、初めて撮れました。

玄関前の路地でストロボをたいたら、雨粒も撮れました。(わかるかな?)

さて、衆議院選挙の方は今回投票率が高めとのことですが、この雨の影響で投票率が下がらなければよいのですが。
とりあえず、今日はここまで。
2005年9月10日(土)残暑の戻った東京、今週はなにもできずに過ぎてしまいました。あっという間に、柴又・新八水路の魚類調査の日が来ました。私は、遅くなって、昼ころからの参加です。
午前中の調査が終わり、引き上げてくるところ。(今回は、私は遅刻)
午後からの状態です。

なんと、大きなハスが採れました。目の上の赤が目立ちます。

水槽には入れるには大きすぎるので、体長を測って、すぐに放流です。
こんなブルーシートを張っているので、目印に江戸川の柴又の寅さん会館駐車場よこまで、きてみてください。

後片付けをするころには、日も傾いてきました。

涼しい風に吹かれながら、川原での語らいのひと時。(この後は、どうなったかご想像にお任せします。)

おしまい。
2005年9月7日(水)
熊本から帰って、ずっとボーっとしています。
台風が来ているのに、何も書けません。
東京の100ミリを超える大雷雨も、レーダーの記録を取れませんでした。
何もせずに、一日がすぎていきます。こんな時期もあるので、勘弁してください。
大騒ぎの2日が終わって、台風の雨も上がり、こんな不気味な夕焼けが出ていました。フー。

2005年9月4日(日)台風の遠い影響で、不安定な天気です。葛飾は、午後から激しい雷雨。しかし、雷雲は10キロほどのもの1つだけで、15時過ぎには雨はやみました。止み間を狙って、ストリーミング放送のスタジオへ向かいました。
上は、3時間の放送後の写真です。熊本帰りなので、かなり日焼けしているでしょう。
帰り道をたどっている、23時ころにも激しい雷雨となりましたが、葛飾・金町へついてところで、また一時雨が止みました。ラッキー、かさを開かずに、家へたどりつきました。
2005年8月25日(木)東京は、くもり時々雨、夜は嵐。
台風11号は、今年の7号と同じようなコースを通って、ゆっくり関東に近づきました。
7号の時にも言いましたが、動きの遅い台風は、なかなか上陸しません。それは、日本の南海上に暖かな潮の流れ「黒潮」が、東西(西から東へ)に流れているからです。台風のエネルギー源は、暖かな(27度以上)海水です。台風が日本の近くにくると、すぐにも上陸しそうな予想進路が出されますが、速度が毎時15キロくらいと、遅い台風は進路をどんどん東よりに変えてしまうのです。台風を流す上空の風がない場合は、台風はエネルギーを得やすい海上を進もうとします。それも、水温の高い方へいくので、台風は黒潮の流れに沿って北東から東へと進路を変えてしまうのですよ。
今回の11号が、7号と違ったのは、8月になって日本の沿岸は全体の水温が上がってしまったので、房総半島ではなく、東京湾へ進み、湾岸に上陸してしまったのです。
2005年8月24日(水)東京は、くもり空、一時雨も降りました。風も涼しく、最高気温は26度6分までしか上がりません。
北から前線が南下しています。北日本では(北海道や東北地方)、秋雨が始まったようです。北海道には、梅雨や秋雨はないといわれていますが、時にはエゾ梅雨といわれる現象があり、温暖化が進めば、秋雨(秋霖)があってもおかしくはないのです。
一方、関東から西日本にかけては、まだ夏の太平洋高気圧に覆われており、猛暑が続いています。でも、これも今日までしょう。
天気図を見ると、 
19日には日本海にあった前線(赤)が、翌日の20日には北海道にかかり、21日には、津軽海峡までない以下し、北海道や東北地方の北部に雨を降らせます。そこで、20日は北海道の秋雨入り、21日には東北地方の北部が秋雨入りです。
さらに19日には、朝鮮半島にかかっていた、秋雨前線の南側の端も、21日には九州や中国地方にかかり、九州北部は20日、中国地方も21日には秋雨入り。
23日になると、秋雨前線はさらに南下し、北陸や関東・東海から近畿や四国・九州の南部も秋雨となり、全国的に「秋雨(秋霖→しゅうりん)」が始まりました。
今日は、ここまで。
2005年8月23日(火)東京は、午前中は晴れ間がありましたが、午後はくもり空で、一時雨も降りました。最高気温は、32度3分でしたが、午後は、25度以下となり、涼しくなってきました。
久しぶりに早朝の散歩に出たのですが、
こんな、秋っぽいウロコ雲が出ていました。

ギシギシでしょうか?茶色くなり、身が熟しています。

こんな、トンボも(名前は不明です)。

ノビルの花も見つけました。(かわいそうでしたが、1本折ってみると、ネギのにおいがしました。)

月見草も、黄色い花を咲かせていました。
秋は静かにやってきているようです。(でも、まだまだ、猛暑のぶり返しがありますよ。)
2005年8月22日(月)東京は、昼ころまで雲が多く、時々小雨の降る、愚図ついた天気。でも、午後は、日差しがでて、最高気温は30度5分と蒸し暑くなりました。
午前中の空は撮り忘れましたが、午後はこんな空でした。

(東京、葛飾区亀有新道あたり)
写っているのは絹雲です。羊雲やうろこ雲の仲間ですね。真夏の積乱雲と違って、絹雲(圏雲)は秋の雲です。
今日は、いつもの小学校跡地の田んぼに、スズメヨケの紐をつけました。
小さな田んぼも、稲の穂が出揃ってきました。

そこで、スズメなどに食べられないように、ビニールの荷造りひもで、鳥避けをつくります。
(まずは、ビニール紐をつけ始めたところ)

こんな風に、

手の平2つ分のところに枝紐を結んで、作ります。

田んぼの端から取り付けます。

完成すると、こうりなります。

上から見たところ。

これで、9月の収穫時まで、スズメやカラスから稲を守れます。
(一安心)
2005年8月21日(日)今日も、東京は晴れて暑い、残暑の「一日。最高気温は、33度5分。でも、北海道には前線がかかり、強い雨。明日は、北海道から東北地方の日本海側や関東や北陸・東海地方まで前線の影響で雨になりそう。そろそろ秋雨の兆しかな。
今日は、外に出ず、ずっとメールの整理やパソコンの調整。
そこで、話題は、この夏に写真に撮れたトンボなどの写真です。

(7月20日(東京、墨田区小村井)ナツアカネ)
顔まで赤いのが特徴とか。他の赤とんぼ(アキアカネなど)は、胸から顔は黒など赤くないのです。唯一顔まで赤いのは、ショウジョウトンボのオスですが、ショウジョウ(猩々)トンボは、後ろの羽の付け根に赤い斑点があるので見分けがつきます。
追加: と思ったのですが、新しくとったナツアカネらしき写真を見ると、自信が揺らいできました。上のやつはいやに赤が強いし、ショウジョウトンボかも?
それとも、成熟したせいなのか?悩みます。でも、アキアカネではないのは確実です。

(上下とも、2005年8月22日東京:葛飾区亀有の公園)

(8月22日、東京、墨田区小村井:交尾中のシオカラトンボ♂と♀)

(2005年7月30日、東京、葛飾区柴又:江戸川河川敷の新八水路)

ショウリョウバッタ(精霊飛蝗)
新しいカメラ(Cannon IXYデジタル5.0)で、クローズアップ写真がだいぶうまく撮れるようになったのですが、まだ満足していません。
以上
2005年8月20日(土)今日も、東京は快晴。最高気温は、34度3分と、昨日より高くなりました。
フジテレビのポンキッキから、雲を作る実験のアドバイスを頼まれました。爆チュウ問題のコーナーで、視聴者からの質問「雲は何からできるの?」に答える回です。私の顔は出ませんが、アドバイス料はもらえるので、仕事としてはOKです。爆笑問題さんは、個人的にも好きですし、一緒に仕事ができたのは、うれしいです。でも、名刺は渡しましたが、仕事の上でお話しただけで、個人的なお話はできませんでした。
仕事が終わったあと、スタジオで証拠写真を1枚。
(次の回で使う、「チクワ望遠鏡」と記念撮影)
番組の内容は、爆チュウ問題の二人(ピッカリとタナチュー)が、雲から出てきたヒツジに雲の作り方を習い、ペットボトルの中に雲を作るというもの。お子さんからの質問なので、ごまかさず、水滴から雲を作らなければなりません。気温の高い夏に、ペットボトルの中に、水だけでハッキリ白く雲を作るのは、結構難しいのです。どうなったかは、9月下旬ころに放送される、「ポンキッキ」(土曜日、フジテレビ:午前6時~6時30分)を見てください。
帰りに見た、フジテレビの周辺は、快晴の空の下、暑さにめげず、たくさんの人が集まっていました。

2005年8月19日(金)東京は、よく晴れて、暑い、残暑の一日。最高気温は、33度6分。
このところ、精神的に夏バテ気味です。このため日記も、万博が終わったあとの、11日ころから、お盆の最中はかけないでいました。週末に、今週の分を、まとめて書いています。ごめんなさい。20日は、一挙に、数日分の日記を公開してしまいます。すみません。
百日紅(サルスベリ)の花 
2005年8月16日(火)東京は、くもり時々雨。最高気温は29度6分と、比較的しのぎやすい一日。
朝のうちの雨は、昼過ぎにはあがりました。
私は、母を連れて、五反田方面の病院へ、定期健診。
その途中で、見かけた、植物たち。
アロエには、大粒のしずくが残っていました。
フヨウの花にも、しずくがいっぱい。

草の葉(種類は不明)にも、こんなに雨粒が。

駐車場の看板にも、

拡大すると、雨ダレの残りがあります。

こんな、雨上がりの風景の中を、病院に向かいました。
2005年8月15日(月)今日は、はじめ晴れて、東京は33度4分の暑さとなりましたが、夕立(雷雨)で、21.5ミリの雨も降りました。
昨日(14日)は、ストリーミング放送もありましたが、柴又の新八水路の魚類調査の日でもありました。
私は、12時から放送があるため、朝10時ころに挨拶にいって、すぐ帰ってきてしまいました。(下は、準備する、K先生→魚や川の先生です。)

放送が終わった後、急いで、柴又まで帰ってきたところ、駅に見覚えのある顔が!なんと、新八水路の魚類調査のメンバーでした。
そのまま、私も反省会に合流。以下が、反省会の様子です。
(内緒で載せてしまいます。公開日記なので、内緒じゃないかな?)

(K先生ともう一人、顔が半分です。)

こちらは、新八水路を守る代表のSさん(右)と、水ガキ隊の隊長(左)。
ただ、飲んでいただけではありません。ここで知った事実。
新八水路を守っていくもととなった、「ハグロトンボ」がまた今年も姿を見せていました。私が、偶然、7月の調査の時に写真を撮っていました。
これがそのスクープ写真です。
2005年7月30日に撮影した、江戸川:柴又:新八水路のハグロトンボ
なんと、オスとメスと思われる、2頭がいました。

2005年8月14日(日)今日は、天気が一転、晴れて盛夏の暑さが戻りました。(東京の最高気温は、33度3分。)
今日は12時から、小学生(3年生)と、実験の生放送。なかなか予定通りには行きませんが、何とか無事に3時間の生放送を出来ました。

放送に出演してくれた、小学生2人と、竜巻の実験道具。
2005年8月13日(土)東京は、久しぶりのまとまった雨。(大手町で25,0ミリ)ビオトープにも水がたまっていと安心。
すみません、気象の話をしなければいけないのに、頭が働きません。
今日も万博の話題を引きずってしまいます。
万博会場で見かけた、蝶のデザインです。
細かい絵の蝶の皿。

蝶の旗、国旗ではありませんが、どこの国かは忘れてしまいましたが、入り口にあった大きな蝶の旗。

これは、壁掛け。花や像、などに混じって蝶も。
2005年8月12日(金)東京にけってきたら、久しぶりの雨(11.5ミリ)。最高気温も、29度1分と、30度に達せず、しのぎやすい一日。
万博の話題の続きです。
これは、気象キャスターネットワークが、万博で展示した、雨粒を見る装置です。

下から、空気が噴出しており、その上に水滴を載せることができます。
下は、拡大。

横から見ると、こんな形。下が平らで、上は丸い。お饅頭のような形。

これが、落下する、雨粒の真の姿なのです。雨粒は、よく漫画などに描かれるような、涙型ではないのです。
2005年8月10日(水)
今日も、万博の瀬戸会場で、気象キャスターネットワークや雨水関係の人たちとイベントです。
午前10時頃から、突然の雷雨。暑い万博会場では、久しぶりのお湿りですが、野外で行われているワークショップ(レインスティック作り)は、一時中止。しかし、雨の上がった11時過ぎからは、ワークショップも再開しています。(まあ、雷雨の雲の寿命は、大体1時間くらいですからね。)
雨が降り始めたところ。(午前10時06分ころ)

あっという間に、地面がビッショリ。(午前10時48分ころ)
2005年8月9日(火)名古屋は、晴れて暑い日が続いているとのこと。今日の名古屋の最高気温は、36度6分とやはり猛暑です。
(万博に参加した気象キャスターネットワークのみんなで記念撮影)

暑さの中、万博の瀬戸会場、市民パピリオンの対話劇場で、「雨の環境学習~雨に学ぼう」の題で講演しました。

これも、雨水東京国際会議からの連続の流れです。

私の講演の前には、「雨水が地球を救う」という対話集会が行われました。(メンバーは、雨水国際会議の主要な人たちです。)
夕方には、気象キャスターネットワークによる、「雲の地球儀」を作るワークショップも行い、大盛況でした。
このあと、最初の記念撮影になったのです。
2005年7月31日(日)東京は、曇りのち時々晴れ、最高気温は31度9分。全国的には「戻り梅雨」が続きます。
関東は、雲の多い青空。(夕方17時ころ、金町)

きのう江戸川で採った魚を、ビオトープの田んぼに放しました。
モロコやメダカ、ウナギの稚魚などです。

田んぼに浮かべて、水温が同じになるようにします。

魚を放す前に、ザリガニを駆除しました。

以上で、今日の作業は終わり。
2005年7月30日(土)関東にも雲がかかってきました。東京の天気はくもり、最高気温は32度0分。暑いけど、日射は少なく、猛暑ではない。
今日は、江戸川の柴又「新八水路」で、魚類調査の日。

子供たちは、服のまま水に入ってしまいました。(江戸川本流)
水路の中でも、採集します。
採った魚は、「江戸川本流」と「水路の中」の二つの水槽に分けておきます。 
横から見たところ。

ヌマ秩父やボラなど、いつもの魚が取れました。

川の中には、産卵を終わったハクレンの亡骸が流れ着いていました。

そのほか、すいろには、メダカやテナガエビなど在来種のほかにも、ザリガニやカダヤシなど外来種もいっぱいいます。

こんなきれいな色の、ハスやヒガイも取れました。

調査は、夕方終了。日射が少なくて助かりました。
2005年7月29日(金)東京など関東地方は、晴れて暑い。東京の最高気温も30度を超え、真夏日。
しかし、
天気図を見ると、前線が日本付近に下りて(南下)きました。西日本は、雨模様の天気です。前線の北側には、冷たい空気を伴っており、この影響で九州から中国地方では、各地で雷雨がありそうです。更に、この前線が南下し、週末は全国的に雨模様となる見込みです。
ところで、この前線は、何なの?東北地方はまだ梅雨明けしていないし、台風が押し上げて一旦消滅した梅雨前線が、日本付近で復活したのではないでしょうか。となると、各キャスターは、はっきり言わないけど、この前線は復活した「梅雨前線」ですよね。
ということで、全国的に「戻り梅雨」宣言です。
確かに、梅雨明けした後も、雨は降ります。低気圧や台風は、やってきます。でも、梅雨明けした後、前線の雲の帯が再び日本付近へ停滞し、全国的に雨を降らせたら、梅雨前線の復活と考えるのが妥当でしょう。今年は、変則的な梅雨になりましたね。
追伸:このところ忙しく、日記もかけない日がありましたが、書こうとすると、梅雨空が戻った日、というのはどうしてなんでしょうか。
(イメージ写真:キキョウの花)

2005年7月27日(水)あとづけ日記(29日に書いた)
東京は、台風一過の晴れ。吹き戻しの北風が、山越えで吹いて、「フェーン現象」を起こしました。このため、東京の最高気温は35度6分まで上がり、猛暑となりました。
国道6号線、葛飾区・白鳥で見上げた青空は、雲が少しある快晴。

小学校跡地のビオトープには、たくさんの枝が落ちていてびっくりしましたが、

台風のせいではなく、枝落とし作業が行われたせいでした。
(枝落としに使った梯子が見えるでしょう。)
あーびっくりした。
2005年7月26日(火)後づけ日記。(29日に書いた)
台風が、関東の東の端、千葉県の房総半島沿岸に上陸。(台風のコースを見ると、暴走半島を中心が掠めた程度。)
動きの遅い台風7号は、23日ころには西日本に上陸の予想。24日には、東海地方に上陸の予想。そして、25日には、関東地方のど真ん中を通過の予想進路が示されていました。しかし、結局は、房総半島を掠めて、三陸沖へ進み、そのまま北上していきました。
これは、①台風の速度が遅いと、台風のエネルギー源である「暖かな海水」からは離れないことと、②「日本付近にきた台風の予想進路は最悪のものが出やすい」という理由によります。
①の理由は、速度が速い時は、上空の強い風(ジェット気流)が台風を引きずって行き、台風が衰えないうちうに上陸させてしまう。しかし、速度が遅い時は、上空には風がなく、気圧の傾きによる弱い風などが、かろうじて台風を北(日本列島の方向)へ動かしているだけなので、少しでも勢力の衰えてきた台風はよりエネルギーの得られる「暖かい海水」のある黒潮の西から東へ向かう流れに勢力を移し、結果的に海上を東よりに進むようになってしまうからです。
②の理由は、台風が上陸すると、大きな被害が出るためです。もし、上陸しない予想をだしてはずした場合は、大変な被害と犠牲者が出てしまいます。一方、上陸する予報を出してはずした場合の方は、不満は出ますが、被害や犠牲者は少なくてすみます。このため、上陸しやすい予報が出されることが多くなります。これは、防災のためにも、ある程度は仕方がないでしょう。毎年大変な被害にあっている、日本の国民の皆さんは、理解してくれていると思います。
というわけで、台風情報は、最新のものを使いましょう。日本列島に台風が近づいた場合は、上の二つの理由で、進路がずれる場合があるからです。これは、ほとんどの人が陸上にいるため、防災上は問題がないのですが、海上にいる場合は違います。予想よりずれた方向に台風が進み、被害にあってしまうことがあります。台風がゆっくり北上する予想の場合、日本付近の黒潮の上では、進路が東よりに変わる場合がある(もっと南の海上では西よりの場合もある)ので、古い台風情報の予想進路をみて避難しても、海上で台風と遭遇してしまう恐れが出てきます。注意が必要です。
2005年7月24日(日)
くもりで一時小雨。関東地方だけ、「戻り梅雨」状態が続きます。東京の最高気温も、26度9分と低いままです。
今日は、2週間ぶりにストリーミング放送の日。日本テレビに出た反響がかなり大きく、放送中に書き込みが多数ありました。

持っているのは、「雨水東京国際会議」のTシャツとペットボトルで竜巻を作るセットです。
雨水会議には、私も参加します8月6日は、ぜひ来てください。詳しくは、後日。
2005年7月20日(水)関東地方は梅雨明けが発表されたが、まだ雲が多く、暑いというよりは蒸し暑い。これは、東北地方にかかっている梅雨前線の雲の端っこが、関東にもかかっているためです。雲は出やすいのですが、また明日は雲も取れて暑くなります。梅雨前線が弱まりながら北上したときの「梅雨明け」後は、ぐずぐず雲も残って、関東のように前線の境目に近いところは、はっきりしない梅雨明けになるのですよ。(私は、「気象庁は珍しく、すばらしいタイミングで梅雨明けの発表をした」と思っています。この先、まとまった雨は、台風か激しい雷雨しか期待できないのですから。)
梅雨明けのイメージショット(ハイビスカスの花)
追伸:また、日本テレビに出そうです。
今日、打ち合わせ。
ペットボトルで、竜巻を作る「博士」としての出演です。

(これは、打ち合わせの時に行った、竜巻実験の写真)
期待してください。(1コーナーなので、とよく見ないとわかりません。)
以上。
2005年7月18日(月)祝日「海の日」。東京は、晴れのち一時くもりで、東京の最高気温は32度9分と非常に暑くなる。気象庁は、中国地方から、近畿・東海・関東甲信地方の梅雨明けを発表。快挙!すばらしいタイミング。気象庁のこの発表で、私は気分がすっきりしました。発表のタイミングは大切です、この発表で、すぐに熱中症に注意することもでき、倒れる人も少なくなるはずでしょう。
私は、墨田区のプラネタリウムで、「お天気探検隊」と題して、小学生の前で公演をしました。プラネタリウムの大きなスクリーンはすべらしいです。
(プラネタリウムの中。私の写っている写真は、みなピンボケでした。)
(スタッフと一緒に、記念撮影)

白衣でお話。結構気に入っています。
今後も、白衣でいこうかな。でも、借り物です。(女性用のあわせかたなのです)
2005年7月17日(日)梅雨前線は北上し、九州北部が梅雨明け。関東も、雲は多いが、時々日射も出て、東京の最高気温は、31度2分の真夏日。しかし、風は北東からの湿ったやや気温が低めの風。梅雨は終わったようだが、まだ微妙。梅雨前線が北上したのも、太平洋高気圧の影響だけではなく、沖縄付近にある台風の影響かもしれない。台風がいなくなったら、梅雨前線が南下し、関東は梅雨空に戻るかも。悩ましい天気。
天辺まで開花したら「梅雨明け」といわれているタチフヨウの花は、みんな天辺まで咲いているのですが。

(タチフヨウ、墨田区、八広のハナミズキ通り)
2005年7月16日(土)関東地方は、雲は多いが、昼前後には晴れ間が出て、蒸し熱くなった。東京の最高気温は、31度5分まで上がる。昨日に続いて、四国の梅雨明けを発表。気象庁は、今回は、順調に梅雨明けを発表していますね。
一方、日本テレビの「世界一受けたい授業」が、本日(16日)放送されました。

最初は、こんな感じです。
とりあえず、報告です。
追伸:「雨水東京国際会議」で協力していただいている、「酸性雨研究調査会」のページでも、私のテレビ出演を載せてくれています。
2005年7月15日(金)関東は晴れて、蒸し暑くなりました。梅雨前線は、東北地方まで北上し、西日本の太平洋側は、晴れて暑い。九州北部から中号地方や関東も、雲は残っていますが、太陽が姿を見せ、暑くなりました。
気象庁は、九州南部の梅雨明けを発表しました。私も、賛成!。ただ、九州北部から中国・四国や近畿東海にかけても、梅雨明けしてもいいのでは。
関東や北陸は、まだ雲が多く気温も低め、東北は梅雨前線がかかっており、まだ関東の梅雨は、かろうじて継続中と思われます。
2005年7月14日(木)日照はなし。くもりで、午前中は北東の風(ヤマセ)の吹く梅雨寒。午後は、北西の風に変わり、やや気温が上がったが、それでも東京の最高気温は24度前後のまま。しかし、夜には南風が入り、気温は25度以上となってきた。今夜は、蒸し暑い夜となりそう。
今日は、静岡県・富士市の鷹岡公民館で、「松風大学」のメンバー、50人ほどの方に公演。富士市も、くもり空の一日、でも雨は降らず。
まずは、皆さんに、ご挨拶。
真剣に聞き入る、方々。

省エネのため、上着は挨拶の後すぐに脱ぎました。
休憩の後は、得意の、ペットボトルを取り出して、
中に雲をつくりました。

納得の顔。静かに聞き入る、よい観客。

日本テレビの「世界一受けたい授業」の放送も、あさって16日に迫り、皆に宣伝してしまいました。
最後に、公民館のスタッフと記念撮影。

2005年7月10日(日)晴れて、暑くなりました。東京の最高気温は、31度6分と真夏日です。九州や四国では大雨が続いており、関東でも強い雨が降ります。しかし、天気は短い周期で変わるようになって、季節の変わり目(いまなら梅雨明け)が近づいているようです。
このところ、田んぼやビオトープの面倒を見る事が多く、日記も同じようなものが続いてしまいます。すみません。
ハス池のハスの間引き。

増えすぎたハスの葉を間引き、池のなかに太陽光が差し込むようにしました。そうしたら、隠れていたハスの花もよく見えるようになりました。


また、前日の大雨で増えすぎた「田んぼ」水を、フォースのサイフォンで、少し吸い出しました。

くわえて、田んぼのザリガニも、ペットボトルのわなを使って駆除。


2005年7月8日(金)朝夕はくもりで、日中は時々晴れ。気温は、晴れ間の出た昼過ぎに27度6分まで上がり、やや蒸し暑くなったが、風は北東で涼しい。
久しぶりの宴会。元の職場、某協会の、昔の現業の夜勤当番の面々。

この二人は、先輩のY氏と、S氏。

方を組むのは、O氏、とT氏。でも、あだなのHとTの方が呼びやすい。

左の二人は、まだ、某協会の現役職員。

仲間と飲む酒は、よく効き、私も、だいぶ酔ってしまいました。

お休みなさい。(みなさん、かってに載せてしまってごめんなさい)
2005年7月7日七夕。くもり時々晴れ。午後は所により一時雨。東京の気温は、27度6分まで上がり、日中は蒸し暑くなりましたが、南西の風がやや強く吹いて、夜は涼しくなりました。日中は、時々晴れましたが、夜は雲が多く、星空はあまり見えません。
ふれあい館のビオトープの池には、草が定着し、だいぶ水がたまるようになりました。

隣の小さな田んぼにも、このところの雨で、たくさん水がたまっています。

ホースのサイフォンで、少し田んぼから水を抜きました。

そして、ペットボトルの罠で、ザリガニを捕まえました。

2005年7月6日(水) くもりで一時雨の梅雨空。日中は、気温も低く、20度前後で「梅雨寒」模様。午後は雨が上がり、夕方前には一時晴れ間も覗き、東京の気温は23度7分まで上がりました。
芭蕉(バショウ)の花。

奥のフェンスの向こうに3本バショウが見え、そのうち2本で花が咲いています。よく見ると、芭蕉の花の枝の途中には、小さいバナナのようなものがついています。(バショウは、バナナの仲間。)
続いて、アロエの花です。普通のアロエは、冬(1月から2月)に咲きますが、この品種(不夜城かな?)は、夏の梅雨時に咲くらしい。

ついでに、キュウリの花。真ん中ではもうキュウリの実が大きくなり始めています。(ご近所の鉢植え菜園で)

早く大きくなれよ。
2005年7月5日(火)くもり時々晴れ、梅雨の晴れ間で、蒸し暑くなりました。東京の最高気温は、29度3分。
私が最近食べたもの。
まずは、山形で取った、蕨(ワラビ)。ただです。


重曹をまぶして、熱湯をかけ、そのまま一晩おいてあく抜き。

出先で買った山椒の実、150円なり。

塩水で煮てあく抜き、枝からはずして料理の材料。(このあと、コブの佃煮にいれました。香りがいいね。)

最後に、山形の左沢(あてらざわ)からバスで行った朝日町・宮宿のスーパーで買ったさくらんぼ(佐藤錦)の大玉。ばら入れ、4000円なり。(半分は、職場におすそ分け)中玉なら、2000円、中玉をきれいに箱詰めしたものは人件費が加わり、3800円とか。

大玉をそろえて箱に詰めれば5800円と聞き、
自分で詰め替えてみたが、きれいにはいかない。でも、味は上々、おいしかった。年に一度の贅沢。
2005年7月3日(日)日中はくもり、夜から雨。東京の最高気温は22度7分と「梅雨寒む」です。
夕方、6時から、ストリーミング放送です。
今回は、質問がいっぱい(梅雨で天気が不安定だからか?)。山形の出前授業のもしました。翌日、空気神社を見てきた話もしました。(もっているのは、空気神社のパンフレット)

日本テレビの出演が、延期になったことも話しました。
7月9日(土)に放送予定だった「世界一受けたい授業」は、7月16日(土)の放送に変更になりました。
放送は、こんな内容で、午後9時頃に終了しました。
2005年7月1日(金)東京は、曇り時々雨の、梅雨空。最高気温は、27度9分とやはり蒸し暑い。
金町の街路樹、ヤマモモの実が、赤く熟れてきました。

通行人としては、足元に実が落ちて踏まれると歩きにくいのですが、そっと食べてみると、おいしいのです。ヤマモモは木に雌雄があり、街路樹としては、実のつく雌の木は植えないようにしているようですが、時々混じっています。)
水元公園の奥で、カラスの落としたヤマモモを拾ってきました。生で食べても、案外おいしいのです。

水元公園で、カラスが落としたもを拾い、洗ったものです。
洗って、食卓へ。甘さは控えめですが、ただだからおいしいです。

こんな、名前のわからない赤い実のなる潅木もありました。
。
母親は「グミ」といっていましたが、お菓子とはかなり違う印象の実です。
以上
2005年6月29日(水)東京は、雨のちくもりで、梅雨空に戻っています。しかし、私はまだ山形にいるのです。そして、山形は、青空晴れているのです。
(写真は、山形駅前、東口)

出前授業意のあと、一泊し観光をしました。
行く先は、左沢(あてらざわ)方面、単線のワンマン電車で40分ほどです。

車
駅からはバスで、朝日町の宮宿へ向かいます。(480円)

でさらに、町営バスで、スキー場方面へ向かいます。(200円)

役場前についたのは、13時過ぎだったのですが、バスは11時、16時しかありません。そこで、仕方なくタクシーを呼びました。(バスなら200円なのに、3千円以上もかかってしまいました。) 
ついたのが、「ASAHI自然観」です。

そして、いよいよ目的地へ向かいます。
目的地は、5分ほど上ったところ。 
「空気神社」です。空気神社とは、空気をご神体として祭った、あたしい考え方の神社です。

お社はなくて、こんなステンレスの板の土台のようなものがあるだけなのですが、この上の空気全体を本尊として祭ってあるのです。
まあ、気象も空気(大気)を扱っていますので、関係があると思ってやってきました。(合掌)
この下には、部屋がありカメなどが祭られているそうですが、6月15日のお祭りの日にしかみられないようです。

なお、途中の参道には、下から「木・火・土・金・水」のモニュメントがたっています。





以上
2005年6月28日(火)東京は、晴れて暑さが続きました。最高は、36度2分と、「超真夏日(35度以上を、勝手に命名)」。(連続5日の真夏日)
今日は、山形の滝山小学校へ出前授業に行ってきました。山形の天気は、朝のうちまで前日の雨(激しい雨)が残りましたが、私の着いた9時過ぎには、雨はやんで晴れ間が出ていました。(公演の時は晴れ男)しかしそのせいで蒸し暑くなり、日中の最高気温は27度7分まで上がってしまいました。
いったのは、山形の「瀧山小学校」

生徒は、6年生、全クラス。

「地球温暖化」の話を始めました。

前半のスライドや映像を使った話。
太平洋島国のツバルは、温暖化による、海水面上昇で海に沈んでしまいそう。 (ツバルの本を見せています。)

生徒たちに手伝ってもらい、二酸化炭素による、温暖化の実験をしています。

ついでに、ペットボトルの中に、雲もつくちゃいました。

挨拶をして、終わります。
2005年6月26日(日)くもり時々晴れ、東京の最高気温は、31度5分で、3日連続の真夏日。
この暑さの中、江戸川、新八水路の魚類調査。今日は、「雨水探検隊」の子供たちもやってきました。 
(がんばるぞ)
ちゃんと、魚類の先生からとり方などを教わって。

こんなに取れたぞ。手長えびだ!

これらの魚は、種類や大きさなどを記録して、再び川に返します。
一方、大きなブラックバスも取れましたが、これは害になる外来魚ですから、川に返してはいけません。(新しく法律ができました。)

みんなが魚とりに夢中になっていても、地道に水路の補修をしている人がいます。

次回の調査は、7月30日(土)です。
2005年6月23日(木)今日も午前中は雨、午後は雨がやんでくもり。日もささず、散歩しても汗が出ない。
今日は、水元公園の対岸、埼玉県側の「みさと公園」までいきました。
ハナショウブ(花菖蒲)がありました。 
以下、ハナショウブのアップ。




そして、よく映らなかった昆虫たち。まずは、アメンボ。
番(つがい)のトンボ。(ギンヤンマかな?)

水を飲む、アオスジアゲハ。どこにいるかわかりますか?

2005年6月22日(木)午前中は雨、のち午後は曇りで、多少の薄日も差しました。東京の最高気温は、25度1分。午前中は肌寒意くらいでしたが、午後は蒸し暑くなりました。
朝、雨の降る中散歩に出ました。
結構、いろいろの花が咲いていました。
まずは、栗の花。

続いては、ウツギ。いい香りも漂い、蜜を求めた虫も集まっていました。


これは、名前がわかりませんが、ハンノキ?の花でしょうか。
ヤマモモの実も色づきはじめています。7月に入れば、全部赤くなり、熟すでしょう。

ここは、水元公園の奥で、東金町八丁目地区です。人があまりいません。
2005年6月20日(月)くもりのち晴れ、非常に蒸し暑くなりました。
東京の最高気温は、28度6分、典型的な旧暦の「さつき」晴れ(梅雨の晴れ間で、非常に蒸し暑い)です。
今日は、アジサイのお話です。
下の写真は、ガクアジサイ(額紫陽花)です。

回りの花びらのようなものは、実はガク(顎:外花被片)。で飾り花、真ん中のものを真花(シンカ)といいます。生物気象観測では。このアジサイの真花が咲いたとき、「アジサイの開花」という約束になっています。
したがって、下の写真のように、真ん中の花(真花)が咲いていない花は、気象の生物観測では「開花」していないアジサイなのです。

以上です。
追伸:普通のアジサイ=手毬型(てまりがた)アジサイの説明をします。 
手毬型アジサイは、見えている全部が「飾り花」なので真花はないように思えますが、花と花のあいだに真花が一部残っているのです。
そこで、飾り花ををどけて、中の真花を見つけ、咲いているかどうかを見るのです。(下の写真)

どうでしょう?咲いている真花が一つあるのがわかります。このアジサイは開花しています。わかりましたか?
なお、飾り花の真ん中も「真花」なのですが、退化しているらしく咲かないことが多いです。まれには咲きますが、飾り花の真ん中の花が開くのを待っていると、花房全体が枯れてしまいそうなので、飾り花の付け根を調べて、退化していない真花を探しましょう。
2005年6月18日(土)午前中は、雲が残りましたが、午後は晴れて暑くなりました。
再度、ビオトープの修復。
池の部分は、ビニールシートを敷いて防水。

シートの上に、また土をかぶせます。

そして、踏み固めました。

水を入れます。

池の完成です。
水は、循環して、ハス池から田んぼへ流れていきます。

以上。
2005年6月17日(金)くもりで一時小雨、午後は晴れ間も。夜は雨が降ったり止んだり。
今日は、千葉県の佐倉市へ、打ち合わせに出かけました。知人の家の庭には、たくさんの木や花があって、うらやましい限り。
その一部をのせます。
まずは、キツリフネソウ(黄吊り船草)

正面から。
これは、マユミの身ができ始めたところ。
木の葉に、雨上がりのしずく。
今日は、こんなところで。
2005年6月13日(月)東京は、曇りのちはれ。昨日ほどではありませんが、蒸し暑い一日。最高気温は、27度3分。
八王子へ、(北野の駅前の空)

2005年6月12日(日)晴れ時々曇り、とても蒸し暑い一日。東京の最高気温jは29度8分と、もう少しで真夏日。
ジャーン、全国放送に出ます。
2005年の7月9日(土)、日本テレビの午後7時から、「世界一受けたい授業」です。(3人の講師の1時限目)昨日の11日に収録しました。
夜はストーリーミング放送。同じ服装で、出てみました。
温暖化を止めるため、「クールビズ」ということで、ノーネクタイに。
バッチも、環境月間のキャンペーンのものです。
この日の放送で、日本テレビでの、番組出演も発表しました。
(日本テレビの控え室で)

この服装は、田植えのときのもの、11日の午後に田植えから日本テレビに直行しました。
この後、上の服装に着替えて、本番です。
2005年6月9日(木)
朝からくもりで、テレビの中(六本木)では弱い雨。ビニール傘をさしてのお姉さん天気予報では、「あさっての土曜日(11日)は、台風の北上で、梅雨入りとなりそうです。」って言うじゃな~い。
じゃあ、今日(9日)の雨は、何なんでしょう?「私(原田)の判断では、もう(5月30日)、梅雨入りしてますから、残念!」
(9日、自宅前のくもり空(梅雨空)・東京・葛飾)

更に、「もし、明日(10日)に、九州北部より早く関東が梅雨入りしたら、41年ぶりです。」 との話。(某テレビ朝日の○○さん)
明日も関東は曇りの予報なんですけど、梅雨入りは、発表ナシですかね。
気象庁の梅雨入りの発表が11日でも驚きませんが、秋になっても修正されなかったら、私は切腹か?
2005年6月8日(水)
東京は、くもり空で晴れも少し出たました。午前中は、肌寒い風が吹きましたが、午後は薄日も出ため、最高気温は25度7分まで上がり、蒸し暑い一日となりました。
午後1時から、汐溜の日本テレビで、「世界一受けたい授業」の打ち合わせ。

(日本テレビの窓からの風景)
2005年6月6日(月) 梅雨の晴れ間の「さつき晴れ」。東京は、久しぶりに暑い一日。最高気温は、27度7分まで上がりました。
(ビルに移った青空・上野)
2005年6月5日(日)くもりのち昼頃から晴れ。気温は、午後に25度を超え、夏日。(東京の最高気温は、25度2分と、ぎりぎり夏日。)午前中は、梅雨の雲の多い天気で、午後は晴れたのですが、蒸し暑くなりました。
今日は、梅雨の花について。

そろそろ、梅雨の花、アジサイが色付きはじめてきました。
こんな、クレマチスの風車のような花が満開です。

ちょっと写真が暗いのですが、下の写真の真ん中に移っているひょろ長い植物が、タチアオイ(立葵)です。まだ花が咲かず、つぼみです。
この花「タチアオイが咲き始めると梅雨も本番となり、下から咲き始めるタチアオイの花が、一番上まで咲き終わると、梅雨も終わる」といわれています。

2005年6月3日(金)くもり後晴れ。でも、雲は多く気温は上がりません。東京の最高気温は、21度4分と肌寒いくらい。
伊豆で見つけた、植物や動物(昆虫)たちです。

(Vマーク入りの葉っぱ。種類はわかりません。)

ジョウレンの滝そばの「ワサビ」。

(ワサビ田の縁に生えていた、草の黄色い花。これも、種類はわかりません。)

南向きの崖に植えられていた、ブーゲンビリア。

クワ(桑)のような実。(葉は、桑と形が違う)
(ヒカゲチョウの仲間)

(花の蜜をすう、タテハチョウの仲間)動きが早くて、ここまでしか近づけませんでした。

モンシロチョウかスジグロシロチョウ。林の周辺の薄暗いところを飛んでいたので、多分スジグロシロチョウでしょう。
最後に、熱海で釣った、キタマクラ(フグの仲間で有毒)です。

撮影者は、このおじさんです。

2005年6月2日(木)雨、夜は雨が強まる。東京の気温は、日中も23度5分と肌寒い。
以下は、伊豆旅行の報告の写真です。(6月1日から3日)
6月1日は、「梅雨の晴れ間」、熱海の湾内で、海釣り。

(海から見た、熱海の海岸。お宮の松あたりも、ホテルがマンションにたてかえられていました。)
6月1日は、晴れていたけれど、こんな雲も出る、湿った空気の中。もう夏の風景です。

元の職場仲間、気象協会のおじさんたちと伊豆旅行に行きました。気象協会といっても、手テレビに出ている人たちではなく、調査・研究・営業部門などの人たちです。(1日の梅雨の晴れ間に、釣り船で。)

ははは、カワハギがつれました。

(でも、この魚を手に入れるのに、船代など3万円もかかりました。)
6月2日は、伊豆も終日雨で、夜は雨が強まりました。
雨にもめげず、天城峠へ。ジョウレンの滝で、記念撮影。

こんな、おバカな写真も。

すみません、プライベートな旅行を題材にしてしまいました。以上。
2005年5月30日(月)今日は、一日中雨。
週があけて、気温の予想通り、梅雨模様の雨。本当に梅雨入りかな?
31日も雨のちくもりと天気がぐずつく予想。6月1日と2日は晴れますが、次は3日に早くも雨。今週は、天気のぐずつく日が多い。
30日の東京は肌寒く、「梅雨寒む」気味。仕事が忙しく、雨模様の写真を撮るのをすっかり忘れていました。油断した、日記者としては、失格です!

(帰りの京成・高砂駅の窓にかかった雨滴)
夜になってしまったので、雨模様の空が取れません。
何とか、雨を写そうと、ぬれたホームと電車を取りましたが、ぬれたホームから雨が創造されるていどで、雨そのものはわかりません。夜では、無理ですね。すみません。
梅雨に入ったかどうかは、ここ2・3日の天気を続けて見ないとわかりませんが、今日30日が天気の変わり目ではあるようです。
追伸:きのう改修したビオトープには、恵みの雨となったはず。(ただし、小村井の「環境ふれあい館」まで見に行く暇が無く、確認できず。)隣の田んぼにも、水がたまったでしょう。
2005年5月29日(日)晴れて暑くなりました。
今日は、小村井の環境ふれあい館で「ビオトープの改修」を行い、汗を流しました。
これは、作業を始める前のビオトープ。隣に田んぼもある欲張りなつくりです。でも、右側のビオトープには、周りに堀があって危険です。この堀を埋めて、真ん中の池をもっと広くして、トンボが目標にする「光る水面」を多くするのが、今回の改修の目的です。

いよいよ作業が始まります。

若い人がたくさん手伝ってくれたので、今日一日で、何とかなりそうです。

これで、土の山がひとつ消えました。堀がほとんど埋まっています。ちょっと休憩です。
次は、真ん中の池を広げます。花が咲いていて勿体ないけど、ショウブも堀り上げてしまいます。若者ががんばってくれます。

大勢でやれば、仕事が速い。
少し水を入れてみます。本格的に池の水をいっぱいにするには、雨を待たなければ・・・・・・。


最初にあった土の山二つは、きれいに無くなり、これで作業は終了です。
お疲れ様。
2005年5月28日(土)
穏やかに晴れて、暖かな一日。上空の寒気も弱まり、雷雨の範囲も狭まりました。東京など、関東南部は、にわか雨もありませんでした。
午後6時から9時までは、ストリーミング放送。

(もっているのは、今年初めて買ったアメリカンチェリーと気象手帳です。)
放送では、こんなやり取りがありました。
(一部を乗せます)
天気(日差し)について質問ですが、今月始めのGWにバ
イクで大阪から横須賀まで一週間程かけてツーリングし
てきました。
今年のGWは随分暖かくてTシャツで走っていたのです
が、ついつい5月だからと日焼け止めも塗らずにいたら
真っ黒になってしまいました。
三重の実家にも立ち寄った時に親に5月の日差しは真夏
並みに強いんだからと言われたのですが本当でしょう
か?
だとしたらなぜなのでしょうか?
のずりんぐ @2005/05/28(土)19:29
本当です。実は、6月に梅雨がなければ、イチバン紫外
線が強い。次が、5月と7月、3番目が8月と4月なの
です。ただし、晴れていれば。
原田龍彦 @2005/05/28(土)19:33
飛行機雲って、、、
お天気に影響あるんですか?
結構長時間残っているみたいですが。
ののじ @2005/05/28(土)20:29
原田龍彦 長く残るか、スグ消えるかで、天気の傾向がわかりま
す。
飛行機雲で天気予報♪すご~いマメ知識ありがとうござ
います☆
(以上です)
2005年5月27日(金) 新しい気温の予想を見ると。
北海道の「リラ冷え」は、今週末で解消する見込み。来週からは北海道が暖かくなりそうだ。6月は、北海道が一番いい季節、さわやかに晴れて、暖かな6月となりそうです。
一方、九州から本州にかけては、低温の状態は解消するものの、気温は平年並みの予想だ。これは、天気がぐずつき、「梅雨入り」するのが原因とおもわれる。ずばり!九州から関東にかけては、6月に入ってすぐ「梅雨入り」だろう。
さて、当たるかな!
2005年5月26日(木)2
きのう25日、暖かな午後、都電荒川線の沿線を見に行きました。

(ここは、この日の終点、三ノ輪橋駅)
新聞に載っていた、「バラなお中を走る都電荒川線」を、実際に見に行きました。早稲田から出発した直後は、沿線にはそれぞれの家の人が植えた花などが並んでいる程度でしたが、大塚駅の周りにはバラが植えられていました。その後も、巣鴨や飛鳥山から王子あたりは、ちらほらとバラがある程度でしたが、荒川車庫のあたりからは、沿線にたくさんのバラがうえられ、とてもきれいでした。 
(すれ違う、車両1)

(すれ違う、車両2)
特に、町屋から荒川区役所、三ノ輪橋にかけては、ずっとバラの行列で、今はちょうど満開。とてもきれいなバラロードを楽しんできました。 
都電荒川線沿線のバラは、何年もかけて植えられたようで、かなりの本数があり、見ごたえがあります。
2005年5月21日(土)今日は、晴れて暖かくなりました。午前中までは北よりの風が気温を上げるのを妨げていましたが、午後4時頃から風が南西に変わり、気温が上昇、東京の最高気温は24度9分。
特に、出かけなかったので、最近撮った虫の写真です。
最初は、ナナホシテントウ。アブラムシのいっぱい集ったギシギシのような草にとまっていました。アブラムシに食われて、葉っぱはボロボロです。テントウムシがアブラムシを食べても、焼け石に水状態ですね。

これは、キク科のような葉の裏に止まっていたテントウムシの幼虫です。何テントウかはわかりません。

次は、ハルジョオンの花にいた、甲虫の仲間。種類はわかりません。花粉を食べているハナムグリの仲間か、形はハムシのようですが。

最後は、ヤマトシジミ。日差しで温まったコンクリートにとまって、しばらく静かにしていました。
2005年5月20日(金)今日は、また「ヤマセ」気味の北東の風が冷たい。雲は多いものの厚ささは薄く、ところどころに切れ間もある状態でした。東京の最高気温は、きのう19日は27度まで上がったのに、今日は21度6分どまり、暖かい日差しはささず、空気は湿ってちょっと冷たい一日でした。
これは、17日に江戸川の川原で見つけた菜の花です。トウがたってからは久しく、先端にはまだ花が咲き残っていますが、その下にはたくさんの実をつけています。
菜の花の実(ナタネ)は、次第に大きく膨らんできました。

やはり、アブラナに仲間ですね。手で潰してみると、種から油が出てきました。

今日は、ここまで。
2005年5月18日(水)夕方から、南風が吹いて、気持ち悪い暖かさになってきました。
これは、金町のご近所の庭の写真です。
あまりにも、ツツジとバラが見事なので、おもわずパチリ。

特に、バラが見事だったので、アップにしてみました。

バラの季節ですね。
東京・西ヶ原(山手線・駒込の近く)の旧岩崎邸のバラの庭園では夜間のライトアップが行われるとのこと。いってみようかな。また、あす19日(木)から25日(水)までは、所沢の西武ドームで、「バラとガーデニング」ショウが行われる予定です。以前言ったときは、西武ドームはバラのいい香りでいっぱいとなり、開かれたドームにはバラに引き寄せられた花蜂がたくさん集まっていましたっけ。
最後は、江戸川に生えていたノバラです。花は、白く小さいかわいいものですが、とげはしっかりと手を刺します。

2005年5月17日(火)東京は、ようやく晴れて日向は暖か、しかし空気はまだ冷たく、日がかげると肌寒くなります。
散歩の風景では、ウメの実が大きくなってきました。

(花が咲かないと、ウメがあるのにも気づかない)

みかんは、やっと花が咲いたところです。アゲハ蝶はこの木の花ではなく、葉に卵を産みにきます。

木の下の茂みでは、ドクダミも白い蕾をつけていました。
2005年5月16日(月)ようやく晴れて、日差しのおかげで暖かくなってきた。でも、まだ空気は若干冷たい。

(松戸の駅前)
16日18時から21時の放送は、つつがなく終了。

気象学会(5月15日~18日)の予講集と雨水東京国際会議(8月1日~7日:於、墨田区リバーサイドホール・吾妻橋)のポスターをもっているところ。
2005年5月15日(日)午後遅くなって雷雨。東京でも所々で雹(ヒョウ)がふりました。
そこで、雷雲のでき方を書いてみました。

朝晩は、冷たい風の吹く寒い日が続いていますが、今日15日の日中は、晴れて日差しがあたったおかげで、暖かくなりました。太陽の日係りは、透明な空気を素通りして、直接地面(地表面)に当たって地面を暖めます。(地面は、40~50度くらいまで暖められます。)この太陽に温められた地面が、熱を地面に触れている空気に伝えます。(熱伝道)
一方、関東の上空には、シベリア方面から、かなり冷たい空気が流れ込んでいたのです。(5000メートルで、-30度くらい)
空気は、暖めると軽くなり、冷やすと重くなる性質があります。
したがって、このように下が暖かく(軽い)、上が冷たい状態(重い)になると、下の暖かく軽い空気は上に上がり(上昇)、上の冷たい空気は下に下がって(下降)きます。
つまり、上下の空気が入れ替わり、落ち着こう(安定しよう)とするのです。
で、ただ上下の空気が入れ替わるだけではなく、上がって行く空気のところでは雲ができて雨が降り、今日のように雷雨やヒョウが降ったりします。一方、上空から降りてくる空気のところでは雲は無く透明で、晴れた状態が続くのです。
2005年5月14日(土)朝晩は、早めの「ヤマセ」で冷たい曇り空でしたが、日中は一時晴れ間も出て暖かな時間がありました。
今日は、柴又・新八水路の魚類調査日。

今朝一番の大物、ボラ3匹です、春ですね。

とぼけた顔の、カマツカ。


カマツカのアップと、ウナギの稚魚です。ウナギの周りにいる小さな魚は、コイの稚魚です。水路で、コイが産卵したようです。
集まった面々。(水路の行き止まりの前)

これが新八水路(しんぱちすいろ)、メダカなど小魚の避難所です。 
こちらは、江戸川本流に開いた、水路の入り口。

(午後1時頃、晴れ間が出て、少し気温が上昇。)
投網を打つ、名人K先生(魚類や河川などの専門家)。

ちゃんと許可を受けて調査しているんです。(右側の先生の腰に緑色の腕章に環境調査の文字)

私の投網と、タモ網。(私は、まだ投網の練習中)
買ったばかり、おニューです。まだ、水は少し冷たい感じです。
最後に、ベーダーをつけた晴れ姿。

(まだ、眠そうな10時過ぎ。)
2005年5月13日(土)冷たい曇り空。冬の寒さとは違う、湿った曇り空です。北東の湿った冷たい風が足元を吹き抜けます。これが「やませ」。まだ、梅雨ではないけれど、オホーツク海高気圧が張り出し、北海道や東北地方から関東にかけての太平洋側には、親潮(寒流)の上を通り冷やされて湿った北東流(風)が吹き込みます。
冬とは違い、どんよりと曇った寒い一日でした。この寒さは、温度だけではわかりません。日差しが無く、湿った空気の寒さ(梅雨寒に似ているでしょ)は、骨身に響きます。

(湿った冷たい風で、どんより曇った東京の空。三河島あたり)
2005年5月12日(木)やっぱり、寒くなりましたね。今日は、「若葉寒む」で、北東の風が冷たく、陽は出ても肌寒い一日でした。9日からの冷え込みは沖縄を除いて全国的。
11日以降の予想では、13日から16日頃まで、東日本が一番冷え込みそうです。週間予報でも、こんな図を使ってほしいなア。グラフはわかりにくいという先入観がありますが、言葉より一目でわかると思うのですけど。どうでしょうか?
19日頃からは、春の暖かさが戻ってくる見込みとなっています。この予想も、あたるでしょう。

(気象庁の資料より)
実況図を見ると、最初の寒気は、4日~5日に北海道だけにかかって雪を降らせました。しかし、2度目は、9日~10日へ全体(北・東・西日本、沖縄は除く)入ってきましたね。
予想の図では、11日以降~17日頃まで平年より、4度から8度も気温の低い状態が続く見込みです。
2005年5月10日(火)東京は、まだ晴れて、暖か。東京の最高気温は、23度1分。
暖かさの残る午後、さいたま市・東浦和駅近くの「見沼通船堀」を散策しました。入り口は、畑の真ん中。 
でも、その先は、保存された水路になっています。

両岸をコンクリートで固められた川が多い昨今、この見沼通船堀は、土のままの堤が残されています。まあ、再建されたもののようですが、水もきれいになりつつあるようです。(魚はいないようですが。)土手は桜堤ですが、もうすっかり葉桜となっていました。
途中には、大きく開けた八丁堤が横切っています。

(八丁堤)
大きな川は、昔は重要な水路だったでしょうが、今はヘドロがたまっていそうです。それでも、ごみは流れないようにしているようで、「一時期よりはかなりきれいになった」という感じです。この写真の右岸の真ん中あたりに見える橋から、更に通船堀の続きが延びています。

八丁堤の川に比べると、かなり小さな流れの通船堀です。でも、周りの植物は豊かに茂っています。

水位の違う所を結ぶ、段々になった堰も残してあります。
関東には、まだ寒気が達していない、暖かさの残る10日の午後のひと時でした。
2005年5月5日(木)「こどもの日」(旧:端午の節句)今日も、関東地方は、晴れて暖かい日和が続く。東京の最高気温は、23度6分、連休の天気は今日の日中までは晴れたけれど、九州では、夜になって天気が崩れて雨が降り出した。

(端午の節句ということで、水元公園の鯉幟です。)
端午の節句には、健康になるということで菖蒲湯に入る習慣がありますが、今年は菖蒲の葉が準備できませんでした。
縁起物といえば、 おめでたい?松の芽も萌え出ています。

そして、お正月の鏡餅の下に敷く、「ユズリハ」の木も新芽が出始めています。(次の世代の新しい葉が出るまで、古い世代の葉が枯れずに残っているので、世代がちゃんと譲られていくという縁起物。)
新芽まで、見よく見えませんが、ユズリハの新芽の出ているところです。

2005年5月2日(月)連休の谷間の平日。朝6時ころまで雨が降っていたが、日中は天気が回復し、晴れ間も出てきました。冷たいはずの北西から北の風が吹いていましたが、日射は強く気温は高めで、風が心地よいくらいでした。東京大手町の最高気温は、26度5分で、夏日となりました。
私は、午後になって散歩に出ましたが、人出は少なめでした。
曳船川親水公園の散歩道では、紅色の強いツツジが、満開となっていました。

先へ行くと、ちゃんと植えた花よりも、雑草と呼ばれているハルジョオン(またはヒメジョオン)の方が目立っていました。 
更に、子どもたちに見せる「田んぼ」には、苗代が作られ、稲の苗が育っていました。

ここの、田植えはいつごろかな?
2005年5月30日(土)
今日も、3時間のストリーミング放送が終わりました。

(放送後の記念撮影)
放送は、4月28・29日の暑さ。30度以上の真夏日が2日連続したことや、そのほかにも30度を越えた日があり、計3日も真夏日を記録したことなどを話題にしました。また、満開から散ってしまった桜の話題、気象に関する質問と回答などで時間が過ぎてしまいました。
詳しくは、ここで見てください。
2005年4月27日(水)晴れて、暖かな春らしい日和。東京は、最高気温21度1分まで上がる。
今日は、週末江戸川で見かけた、ベニシジミ蝶の写真を載せてみます。

春爛漫で、虫たちも動き出していますね。
2005年4月24日(日)一日遅れの日記。暖かな春の日和。今日は、魚の調査と、江戸川のクリーン作戦が同時開催。まずは、お掃除の後の記念撮影です。

こんなにゴミがありましたが、最近はかなり少なくなりました。
続いて、柴又の新八水路(寅さん会館の駐車場の隣)へ移動。
今日は、カモが来ていました。

そして、投網の準備。

今日は、調査に小学生も大勢参加。

こんな魚がいました。

オイカワです。

アユ(鮎)

貴重なドブガイ(貝)、(タナゴが卵を産む貝)

そのほか、ヌマチチブがいっぱい。

テナガエビやオイカワがたくさんいました。
これらは、調査の後、江戸川へ戻されています。
水路の中を調べる。

投網を打って、水路の外(江戸川の本流)の魚を調べる。
休憩と昼ごはん。1(魚とり集団)

休憩と昼食2。(小学生と親御さん)

休憩の後には、水路の補修もしています。河川の環境を考える勉強をしている学生さんの指導の下、水路のくいを打って、底の泥を浚渫したりしています。 
この、新八水路の調査も今年で10周年、小学生の時から参加していたメンバーが大学に合格したので、お祝いの胴上げ+その後水中に。


儀式を終えて、一同引き上げ。
2005年4月23日(土)晴れだが、昼ころはやや雲が多かった。東京の最高気温は19度7分と20度に達せず。
午後から、雨水会議の実行委員会。

ビルの隙間から見える空にも、雲はあるが日射は十分の晴れ。

外は晴れていても、会議は部屋の中です。東京国際雨水会議のパンフレット作成最終段階の打ち合わせです。
2005年4月22日(金)気圧配置は西高東低の冬型。晴れて気温は20度7分まで上がりましたが、北西の風が5~8メートルと強く、湿度は20%以下と乾燥した一日。黄砂も飛来しています。
そこで、黄色い花タンポポの話。

この写真は、日本中にある、セイヨウタンポポです。(撮影場所は、東京墨田区)
真ん中に花画あり、隣のつぼみは顎(ガク)に見える部分が広がって、外側に反り返っています。四季咲きで、主に都会の空き地や造成された土手など、いわゆる荒地に生えています。
一方、こちらはカントウタンポポ、日本の在来種(古くからあったもの)で、春にしか咲きません。見かけは同じようですが、裏を返してみると、顎(ガク)に見える部分は、ぴったりと花についています。 

ところが、最近は両方の交配が進んで、外形だけでは見分けがつかなくなってきたということです。(遺伝子で調べるらしい)
下のものは、江戸川の川原のタンポポですが、中間の形です。


春以外に咲くかどうかは不明です。
2005年4月21日(木)日本付近は低気圧の雲が通りすぎた後高圧部となり、北海道以外は晴れの天気。春の日差しは強く、東京の最高気温は22度5分ときのうより8度くらい高くなりました。少し冷たい空気が流れこんだものの、春の日射は気温を上げました。
今日も、外に出られなかったので、衛星写真で遊んでみました。

雲が吹き払われて、日本付近は晴れの区域です。本州中部には、薄い雲の帯がありますが、雨を降らせることはありませんね。この雲が高圧部を二つに分けているので、高気圧としては天気図に画かれていません。
2005年4月19日(火)暖かな春の日和となりました。ソメイヨシノ花は終わりましたが、他の花はドンドン咲き始めています。
これは、近所の病院前のツツジです。刈り込んでいるので花芽が早くつき、ちょっと早く花が咲いています。

そして、街路樹のハナミヅキも、満開となりました。
(下は、拡大図です)

そして、赤いハナミズキも、あります。

生垣には、八重のヤマブキ(山吹)が咲き誇っていました。

最後に、江戸川で見つけた、アゲハチョウ。タンポポに止まって蜜に夢中、写真に収まってくれました。

2005年4月16日(土)朝は雲が多かったですが、昼前には晴れてきて、暖かな一日でした。でも、夕方には、にわか雨が降り(前線の通過によるもの)道路はびっしょり濡れました。(水溜りも残っています。)
さて、私は朝から、墨田区の環境ふれあい館で、「田起こし」作業をしました。(下は、作業前の打ち合わせ。)

青空が出てきたころから、作業開始です。

皆で田起こし作業中です。
フェンスも一分取り払ってしまいます。

田起こしが終了。田植えの準備ができました。
ところで、ふれあい館は廃校となった小学校を使わしてもらっているのですが、この時期、校門横にはやはり桜が咲いているのです。

2005年4月15日(金)暖かな日和続く。親戚の手伝いで、川越から八王子へ行きました。八王子付近の沿線の桜は、まだ満開のところが多くかったです。ただ、荷物運びなどの手伝いが忙しく、写真はほとんど撮れませんでした。
これは、早朝に撮った、川越・東京国際大学前の桜です。散り始めており、葉も出てきていました。

下の写真は、八王子・野猿峠の遠景でよく見えませんが、桜はまだ満開です。本当は、川越線の沿線ではたくさんの満開の桜が見られたのですが、手伝いだったので写真を撮ることはできませんでした。八王子などの郊外は、都心より何度か気温も低く、桜の満開も遅いようです。

2005年4月13日(水)雲が多く、寒い一日。二日続いた雨で、桜は半分散ってしまいましたが、寒さで半分は残っています。

週末までは持たないまでも、木・金曜日は、暖かくなり、お花見が楽しめそうです。
日中の雨は強い降りでしたが、夕方には雨脚は弱まってきました。足元を見ると、草の上には、雨のしずくが残っていました。

2005年4月11日(月)朝から雨。しかも、千葉県北部を中心に、震度5強の地震発生。雨は弱ってはいるが、夕方になっても降っている。桜はかなり散ってしまった。


2005年4月4日(月)「花冷え」の一日。今朝は、日付の変わる頃から強い雨が降り出し、朝まで雨が残りました。東京の最低気温は、4度6分と、この時期としては冷たい雨。日中は、雨雲が抜けて、冬型の気圧配置となってきた。午前中は曇りでしたが、昼過ぎからは晴れ間も出てきましたが、北風が強く寒いままでした。東京は、最高気温こそ12度5分でしたが、これは夕方17時過ぎの気温。日中は、10度前後と冬の気温でした。この寒さで、サクラも2分咲き程度と、あまり咲いていません。
追加:沖縄県の宮古島では、ウリズン(若夏)を向かえ、4日は天候も回復し、晴れて「海開き」となったとのこと。気温は、22度7分で、皆で初泳ぎを楽しんだのニュース。
2005年4月2日(土)花曇りの一日。サクラは咲いたけれども、気温は低め、見ごろになるのは来週末になりそう。
2005年3月30日(水)今日も、外に出なかったので、天気はわからず。晴れて暖かだったらしいが、東京の桜は、まだ咲かない。明日は、持った気温が上がって、咲きそう。でも、そうなると、花粉が爆発しそう。うんざり。
話題は、きのう行った、池上の梅園。
池上の梅園は、本門寺から、東京メトロの西馬込駅に向かう途中にありました。

梅の季節葉終わり、花は散り葉も出ていなくて、梅園はほとんど枯れ木の園となっていましたが、いくつはまだ咲いていました。それより、誰もいない梅園はとても静かで、好ましい所となっていたのです。 
咲き残っていたのは、「揚羽八重」という八重の品種。桜もそうだけど、八重種は咲くのが遅い。



他は枯れ木なのですが、ここだけは花吹雪となっていました。
また、きのうのモクレンに似ていますが、ちょっと違う(花が四方に開いている)コブシも、満開でした。

ここの、この後の楽しみ、スモモは、花が咲き始めたばかり。木が大きいので、満開になれば見事でしょう。

(花のアップ、まだつぼみが多い)

今日は、ここまで。
2005年3月29日(火)雲が多い、10時過ぎには俄雨。東京の桜はまだ咲かず。
母をつれて、病院へ定期検診。白内障は全快で、目薬もいらなくなりました。めでたし、めでたし。
途中の小学校では、白いモクレンが満開となっていました。


(モクレンの花のアップ)
こちらは、帰りに見た、普通の紫色のモクレン。
また、帰りには、池上の本門寺へ行きました。母の目も全快したことだし、有名な本門寺に行って見ようということになりました。
(この写真は、本門寺ではなく、途中で気になった社の鬼瓦。貴船坂を降りたあたり。)

こちらは、本門寺の五重塔です。 
そして、こちらが本堂です。

最後は、お寺の紹介になってしまいました。
2005年3月28日(月)雨の一日。午後は雨脚が強まり、新島で大雨、菜種梅雨が続く。このところの寒さで、東京の桜は、予想の27日を過ぎてもも開花せず。
浦安・妙見島で、マリーナ・ビーチ協会の主催で、「気象と海洋」の題で講演。パソコンとプロジェクターを抱えて出かけたが、一人だけなので、写真は撮れず。
追記:マリーナ・ビーチ協会から写真を送っていただいたので、掲載します。

2005年3月27日(日)きのう27日は、晴れて日中は日差しのおかげで暖かだったが、朝晩は冷え込みました。今日は、一日中家の中にいたので、天気わからず。(でも、寒さは続き、東京の桜は、開花せず。)
私は、きのうの26日に、墨田区のプラネタリウムで、イベントの打ち合わせを。花粉が飛んでいたが、室内なので大丈夫。

この、プラネタリウムで、7月18日の「海の日」に、雨水国際会議のプレイベントを行う予定。

入り口には、モダンな飾りがある。
2005年3月24日(木)終日家にいて、電話での打ち合わせと、準備で終わる。
天気は、下り坂。夜から雨になりそう。
2005年3月22日(火)昨日の予想どうり、朝から雲がかかり、昼前から雨が降り出す。今年は、「菜種梅雨」(冬と春の間の雨季)が、はっきりしており、いるようだ。
午後から、神田で打ち合わせ。午後遅くになって、靖国神社へ桜(ソメイヨシノ)の様子を見に行く。

木々の間に電線が張られ、桜祭りの準備が始まっていた。

しかし、桜は、まだ蕾が固く、枯れ木のような状態。どうしても花の咲いている、ウメの方に目がいってしまう。

境内右側、能楽堂前の桜の木。まだ、つぼみは固く、枯れ木状態。

(枝を拡大)
下の写真は、靖国神社の境内の裏側にあった、梅の花。
2005年3月21日(月)祝日「春分の日」
やはり、寒気が入ってきた。朝5時、久しぶりに江戸川へ散歩に出たが、北風が強く、とても寒かった。新葛飾橋から市川橋まで歩いたところでギブアップ。帰りは、柴又街道へ出て、バスで帰ってきた。
帰り道の道路わきでは、ツツジの花がもう咲いていた。

しかし、これは、少し暖かくなった3月はじめに、選定で刈り込まれた部分が花芽を付けて咲いたもの。本当のツツジの開花は、1ヵ月後。もっとびっしり、葉が見えないくらいに咲く。

(こちらは、まばらな花の拡大図)
日中も、北風が吹き、夕方日が暮れてからは更に冷え込んだ。しかし、良く晴れた青空も、夕方には飛行機雲がずっと残っており、上空では湿度が高くなっているようだ。

(隣には、自身雲のようなものもあるが、九州北部の自身は、昨日だった。)
また、夜にになると、月には傘がかかってきた。明日は、天気が崩れそうだ。

(月にかかった傘(かさ)雲)
2005年3月20日(日)北海道を、低気圧が通過中。明日は、また寒気がきそう。
2005年3月19日(土)今日は、終日家にいた。寒の戻りで、寒い一日。空気も乾燥している。更に、寒も爆発的に飛んでいる。私もとうとう、花粉症が発症したらしい。目が痒くて、くしゃみも頻発、鼻水も少し出るようになってしまった。
きのうの続き。お墓まいりのあと、上野で食事したが、上野の山の入り口では、客寄せの彼岸桜が満開となっていた。上野の山の主役である、ソメイヨシノは、まだ咲いていないが、山の上り口(交番の隣)にある桜は、すでに満開となっている。この桜は、河津桜などの彼岸桜の中まで、いつも咲くのが早い。春休みになると、ソメイヨシノの咲くのを待ちきれない観光客などがこの桜に集まる。

(上野公園入り口にある早咲きの桜。)

大通りに面した交番の脇にも1本ある。
この桜につられて、上野の山に登っても、ソメイヨシノは、まだ蕾のまま。本格的なお花見は、2週間先。

(上野の山の「客寄せ桜」には、だまされないように。)
2005年3月18日(金)午前0時過ぎ、寒冷前線の通過で、やや激しい雨。1時間ほど続く。未明には、雲も取れ天気は回復、朝から午前中は晴れていたが、ごご2時過ぎからは、気圧の谷(もう一つの前線)ノ通過で、天気は再びくずれ、にわか雨が降った。二次前線の通過後は、寒気が入り、寒くなった。
私は、彼岸に入り、今日は、墓参りに。晴れて暖かな陽気。着ていたコートが邪魔になる。

お寺に着いた午後1時ころには、晴れていました。

お寺の庭にあった、立派な枝垂れ梅の花。
下は、拡大です。
しかし、食事をして外に出た3時頃には、外ではにわか雨が降り出しました。弱い降りで、「春雨」といった感じでしたが。

これが、二次前線のもたらした、にわか雨。
この後、北風が吹き出し寒くなった。
3月15日(火)寒の戻りの寒さ続く。青空だが、所々に綿雲。風もまだ冷たい。
3月9日(水)今日も、暖かな晴れ、春日和が続く。東京の最高気温は19.3度。花粉が爆発的に飛散、花粉症でない私も、目がシバシバした。
皇居の東御苑でも、マンサクや緋寒桜、ウメなどが咲いていました。まだ、ほとんどが冬枯の木という中で、黄色や赤の花は目立っていました。

皇居、大手門前のある、地図。

本丸へ向かう坂の途中にある、マンサクの花。
こちらは、緋寒桜(ヒカンザクラ)の赤い花。
もう盛りは過ぎていましたが、かなり目だっています。

こらの河津桜(カワヅザクラ)には、カメラを構える人や写生をする人が集まっていました。
そして、帰りに出会ったのは、
勤労奉仕にきた、おばちゃん達でした。
3月8日(火)さらに暖かな、春日和。
今日は、気象庁の予報現場を見学に行きました。
気象キャスターネットネットワークの会員T氏の希望で、気象庁の予報の現場と、観測室を見学しました。
まずは、気象庁の観測露場(観測をする所、芝生を植えてフェンスで囲ってあるる所。真ん中あたり)

次は、拡大図。

アメダスと同じ観測装置がおいてある。
10年前にはおいてあった百葉箱は、すでにない。(博物館に移した)
ここでは、気温や湿度、雨量、日射量、積雪などを観測する。
風はここではなく、隣の合同庁舎の屋上で観測している。
周りより低いところでは、平均的な風の流れがわからないので。

建物の上に見える螺旋階段の上に、風向風速を計る速記がついている。
次は、気象庁・予報課の部屋をみせてもらった。

勤務交代の時間で、人はいなかったが、パソコンや大型のスクリーンが並んでいる。
次にいったのは、最上階の観測所室。
地上の、自動観測装置で観測されたでーたが、パソコンに表示されている。

ここで、3時間毎に観測されたでたが、東京のデータとして、世界に配信される。
観測室の隣は屋上で、目視観測(指定や、霧、降雪などの天気現象も屋上で観測する。)

また、気象研究所から委託された観測装置(正面のものは1ヶ月間の雨量をはかるもの)などもおいてある。
内部の見学を終わって、次は、1階にある気象博物館へ。
続きは、明日。
3月7日(月)関東は、晴れて、暖か。皆が春の訪れを感じた日。
話題は、昨日の続き。
6日の神津島からの飛行は、低い雲はありましたが、比較的視界はありました。
まずは、離陸時の神津島飛行場。

(ドイツ製の飛行機、ドルニエ機、19人乗り)
これは、運行航路図。

最初に見えてきた島は、これ。

形から見ると、式根島らしい.
このあと、高度と同じ位の高さに、雲がかかってきた。しかし、切れ切れで、雨を降らせるものではない。
次に見えてきたのが、新島。細長いのでそうと分かる。

窓から見えた雲。

そして、次は、ぽつんと浮かぶ、利島。

最後に見えてきたのが、伊豆大島。

三原山の上には、5日に降った雪が、まだ残っていました。(今日は、ここまで。)
2005年3月6日(日)神津島での講演は、5日に終わったのですが、帰りの足が無く。一泊。(最近は、四国でも日帰りさせられるのに、近くても島はやはり大変です。)朝まで降っていた前線の雨は、8時頃には止みました。このため、帰りの飛行機が飛ぶことになりました。一緒に講演した、下田海上保安部の専門官は、今日中に下田へ帰らなければいけないので、ひと安心でした。
この後に、帰りの写真を載せるつもりです。

これは、神津島の漁協の建物です。

飛行場で、私の写真。

この飛行機に乗って、変えあってきました。
離陸した後は、2から3度、落下するようなショック、ひやひやしましたが、後は順調に飛びました。後は明日。
2005年3月5日(土)(5日は神津島にいましたが、私のPHSが通じないので、アクセス不能。一日遅れで書き込み)
神津島は、晴れ。これなら、飛行機が飛べたけど、用心のために、船で着ました。

(写真は、午前8時頃)
船酔いも無く、午前10時前には、最終寄港地の神津島に到着。

(神津島の港の入り口に聳える山。シンボルかな?ずっと昔から崩れているらしい。)
午後から、漁協の人達に『気象のお話』。

(相変わらず、講演中は写真どころではなく、気づいたら、漁協の皆さんは帰るところ、私の写った写真もありません。)
花氏の内容は、眠くならないように、15分くらいで、切り替え。スライドから、DVD、そして実験(いつもの雲を作るやつ)。そして、島なので、津波の話し。(スマトラの大津波があったので、関心が強い。防災士になっておいてよかった。)
2005年3月4日(金)やはり、未明から雨は雪に変わった。朝7時に外に出たら、もう雪が積もって足跡が着いていました。

それで、朝7時の衛星写真はこんなになっていました。
(気象庁から、衛星写真を貰っちゃいました。)

南の海上の雲はもう通り過ぎており、その北側に出来たもう一つの低気圧の雲が、本州中部にかかって、雪を降らせていました。関東は、伊豆諸島や沿岸の一部を除いて、ほとんどの所が雪。昼過ぎまで、雪が続きます。

午後の2時ころ、(葛飾区・金町)積雪はこんな感じ。もう、雪は止んできました。左端のコンクリートの塀を見ると5から8センチくらい積もっているのが分かります。
きは、今夜。
なんと、夜はネットにアクセスできませんでした。5日もまだ雲が残りそうなので、飛行機はダメそう。(昼間での判断)竹芝桟橋から船で行くことになり、夜は海の上。海の上では、PHSは通じません。(伊豆諸島ではNTTドコモしか通じないとのこと)

竹芝の売店前で、待ち合わせ。22時に出発です。
2005年3月2日(水)
龍ヶ崎市立の城ノ内中学校へ行く。

2年生の生徒155名の前でお話。最初は、スクリーンを明るい部屋の真ん中においてしまい、画面が窓からの光でよく見えなくなってしまった。(初歩的なミス、反省。でも、写真写りはいい。)

すぐに、スクリーンを窓側のカーテンの前に移動、見やすくなった。やっと落ち着いて話せるようになった。(白衣の人が、知り合いのM先生。ということで、今日は、ボランティアです。)
前半は、気象の話をトイレ休憩もなく、1時間以上しゃべってしまった。(生徒たちがざわつき休憩。)
後半は地球温暖化の話。始めはざわついていたが、環境省のDVD映像にを出したら、途端に静かとなり、集中してくれた。
中学2年生の3学期は、気象の授業になる。授業の進み具合は、まだ、半分くらい。残りの授業の参考になったかな?
龍ヶ崎付近の中学校は、ほとんどのところで生徒が少なくなっているが、城ノ内中学校だけは近くにニュータウンができたため、生徒が増え続けているとのこと。
また、この学校は、ソニーの子供科学教育プログラムで、努力賞をもらっている。(校長室での待ち時間に、勝手に撮影。)
3月1日(火)今日も、寒の戻りが続き、寒い。
久しぶりに、気象キャスターネットワークの事務所で打ち合わせ。
お天気時計を見つけた。時計に中に、晴れや曇りのマークがついており、これからの天気傾向を知らせてくれる。午後8時現在、天気は下り坂。(右下のランが下り坂。雲のマークで、赤い小さなランプがつく。)

(後でいれた写真。)
天気の知らせは、右上が晴れ。左下が雨。左上は、天気が快方傾向。右下は、天気が下り坂。
2月28日(月)寒の戻りが続き、今日も寒い。明日から、月が変わるが、本当の月の動きに合わせれば、1ヶ月これくらいの長さしかないのだ。新月から20日目の月は、月の出が遅くなり、寝待月くらいか。
3月は、始めに2回の講演があるので、今日は準備。3月は、忙しくなりそう。
2月27日(日)私の所属している大手町のNPO法人WCN(気象キャスターネットワーク)で、会員の総会を行いました。メンバーは、NHKに出ている平井代表をはじめ、多彩な人たちです。

今年のNPOの活動方針が決まりました。
キッズ環境教育100校プロジェクトなどを行ないます。

会議を司会する理事サンは、左から岩谷(元フジテレビ)、平井(NHK)、藤森(日本テレビ)の各キャスターたちです。(みんながんばっています。)
2月26日(日)気象衛星の打ち上げ成功した、良かったね。これで、台風が来ても安心だ。私は、午後から会議で、衛星打ち上げの生放送は見られなかったけれど、夕方6時代のニュースでは、打ち上げの成功を一斉に伝えていた。おめでとう!
一方、私は、雨水国際会議の打ち合わせ。地上の小村井付近では、のどかに梅の花が咲いていました。帰りに通った、小村井駅に近い神社では、
沢山の梅が満開。梅祭りが行なわれていました。神社の中は、梅のいい香りで一杯でした。
2月26日(土)今日の東京は、空気が冷たく寒い冬晴れ。季節が、逆戻り。
今日の話題は、昨日の放送。

2月25日12時からのストーリーミング放送(http://casty.jp/hikarisou/index_mypage.php?owner_id=142348)
は、「奥様のためのお天気講座」と題して行いましたが、昼休みの人や、初めての人など結構見てくれました。春夏秋冬はどうしておきるのかなど質問に答えてがんばりました。
また、明日打ち上げとなる、新しい気象衛星が、うまく行ってほしいです。現在の天気予報は、気象衛星がないとほとんど情報が得られない状態です。今使っている、ゴーズが壊れてしまったら大変なんですから。
昨日の朝は未明から雪が降り、自宅前の植木鉢には出かけれる前にも雪が残っていました。

(自宅前の植木に残った雪)
2月24日(木)今日は、西高東低、寒さが戻った。気温は、昨日より10度も下がった。
新聞には、都立高校の試験問題が挟まっていた。その中で、理科の問題で気象が一問あった。
問題はこんなもの。
「気象コーナーでの話し合い」
A:気象衛星による雲の画像が画面に映し出されているよ。
B:雲のあるところとないところがよくわかるね。
C:天気図と比べてみようよ。
D:高気圧の中心付近にはほとんど雲がないことがわかるね。
(気象衛星による雲の画像と天気図が載せてある。)
〔問3〕高気圧の中心付近で雲ができにくい理由を述べたものとして適切なのは、次のうちではどれか。
回答は、アからエまでの四択。
「イ:高気圧には、地表付近で中心からまわりに向かって渦を巻くように風がふき、中心付近に下降気流ができるから。」が正解。
前日の記事では、地理学会の調査で大学・高校生が、最近メディアに登場したイラクなど10ヶ国を地図上で選んでもらったところ、イラクは4割が不正解。北朝鮮は1割が知らなかったという。
天気図を見る場合、高気圧等の仕組みを知っていても、それが何処にあるかを知らなければ天気の予想はできない。地理を知らなくて大丈夫なのか?心配だ。
2月23日(水)今日は、暖か、東京で「春一番」。
話題は、前回の関連。
「体内リズム」人間の体内リズムの一日周期は約25時間。放っておくと一日1時間ずつ後にずれてくるのだが、光を浴びることで24時間周期にリセットされる。ただし、午前中に光を浴びないとリセットされず、夕方以降に強い光を浴びると26時間周期になってしまう。つまり、夜更かしと朝寝坊を繰り返すと、昼と夜が逆転し、引き篭もり型の体内リズムになってしまうのだ。最近では、生活の時間がずれているとか、変動が少ないなど、体内リズムの乱れ自体、治療の対象(つまり病気)であるとの考えがあるらしい。
昨日は、がんの治療も、体内時計のリズムにあわせ、夜間に投与したほうがよいとの話しをかいたが、今日の昼「思いっきりテレビ」出は、体内リズムが乱れると、細胞の中に脂肪がたまってしまう都の話題をあつかっていた。
毎日同じように体内リズムが波打つ人は、脂肪燃焼を促すホルモンが分泌されやすいのに対して、波が不規則な人はホルモンが出にくいらしい。米国でも昨年、睡眠不足だと肥満になりやすいとの研究報告が相次いだとのこと。(以上は「AERA」より)
なるほど、これもテレビで見た、ゲームをやりつづける引き篭もりの青年もドンドン肥満していった。やはり体内リズムの乱れは危ない。
2月20日(日)昨日の報告。小村井の雨水資料室で、雨水探検隊の子どもたち(小学生)に雨に関するお話をしました。

19日は、東京の東部では、前日の未明からの雪が、朝には雨に変わっていましたが、まだ時々雪も混じる、寒い朝でした。私は、この授業のために、パソコンとプロジェクターを肩にかけ、ペットボトルなどの実験道具、そして、この後の会議のための資料などを布のバックに入れるなど、たくさんの荷物を持ち、更にかさをさして出かけました。
集まった子どもたちの学年はばらばらでしたが、最初に気象衛星の1年分の連続写真(2004年のもの)を見せたら、それにものすごく興味を示してくれて、あとはとてもうまくいきました。

(この子が持っているのは、雲を作ったペットボトル。机の上には、プロジェクター。)
2月16日(水)今日は、都庁へ仕事の打ち合わせに行った。帰りの地下鉄の途中、地下鉄「大江戸線」で、関西弁のご夫婦が厚い時刻表を見ながら行き先を確認しているところを見た。なかなか言い出せず、駅を3っつぐらい過ぎたところでようやく話しかけられた。きっかけは、「地図を差し上げましょう。」で、地下鉄の路線図と、都バスの路線の乗った東京の地図を渡した。(二つの地図は、私のかばんに常備。無料なので。)
二人は関西の人で、東京へ転勤のとなった息子さん訪ねるところだった。もう、東京の地下鉄を使って東京見学をした後だったので、地図は役にたたず、地下鉄一日乗車券(900円)の情報も無駄となったが、お二人は喜んで受け取ってくれた。
楽しい気分で下車し、「春日」の駅で乗り換え。ここで、駅員さんに、あたらしい地図をもらおうと思った。
「すみません、都バスの地図がありましたらいただけますか?」
すぐ貰えたがなんだか見慣れない表紙。
「なんだろうこれは、デザインが新しくなったのかな。」と、独り言を言いながら歩き出しました。
すると、数歩歩いたところで、駅員さんに大声で呼ばれた。
「もしもし、それは、英語の地図です。こちらの日本語の地図をお持ち下さい。」
(「都バスの地図」、左が英語、右が日本語。)

また、間違えて英語の地図をもらってしまいました。
私の顔は、日本人離れしているのでしょうか。(マリオやフセインなど、アラブやイラン系に見えてしまうようです。)それとも話し方がたどたどしいのでしょうか?

(なんとなく、腑に落ちない顔です。)
コメントで、いろいろ似てるというのがきたので、マリオっぽい写真を一枚追加します。

2月15日(火)今日は、仕事の準備で、終日うちの中。
夜のテレビで坂田明のミジンコの話を聞いた。ミジンコは、魚に食べられないように、透明な体をしているのだという。アフリカの、ミジンコが一番透明で、ネットで掬っても見えなかったとか。それでも、こんなに魚がたくさんいる湖にミジンコがいないはずが無いと、よーく見たら見つかったとの話。江戸川にも、たくさんのミジンコがいて、魚を養っているはずだ。今度は、観察して見よう。
坂田氏の話『夕焼けの向こうには、たくさんの人や生き物がいる。生の裏には死がある。私たちの社会は、生き物を殺して人が生きていることを隠してしまっている。』そういえば、魚は切り身、牛や豚の肉はパック詰め。また、両親と子どもだけの核家族では、祖父や祖母などの家族の死を経験することも無くなっている。ペットでもいいから、身近な死を経験した方がよい。
食べ物は、他の命からもらっている事も、時々は考えなければ。
2月13日、うす曇。
今年、2回目の、江戸川、新八水路の生物調査。

1月より、たくさんの魚がいました。本流にいたには、ほとんどがチチブなどのハゼの仲間。小さなウナギも1匹いました。

こんな風に、水温などもはかっていました。

「光の春」ついて話しました。立春を過ぎてもまだ寒い日(余寒)がありますが、日差しは延びて、植物は活動を始めています。前回の放送1月29日のころは、一分咲き程度だった梅の花も、

2月10日には満開になっていました。

また、北陸の方から、雪が降っている間に突然晴れてくることがあるのはなぜか?(答えは、ひかり荘のほうで)など気象の質問も、いっぱいもらって、充実した放送となりました。皆さんに感謝。

次回は、2月25日(金)12時(昼)頃からの予定です。
初めて、昼からの放送に挑戦します。「おかさんのためのお天気教室」(仮題)などをやろうかなと考えています。昼の時間に、合ったものは何か?教えてください。では、乞うご期待。
2月11日(金)祝日。今日は、ほとんど家にいました。午後に、ちょっとだけ外に出ましたが、風はないのに空気が冷たく、寒く感じました。
話題は、天文台について。気象の仕事をしていると、天文台にはいつもお世話になっています。二十四節気から、流星群まで、話題も豊富ですし、日の出日の入りなどの計算は正確です。また、気象と天文は観測をしているところも似ていますし、すべてがわかっていないところも気象と天文は一緒ですね。気象協会にいた頃は、天文に関する質問(電話)もかなりありました。若いうちは、「暦などは天文台へお願いします」などといっていましたが、すぐに、理科年表片手にほとんどの天文の質問には答えられるようになっていました。(二十四節気も、天文台が太陽を観測して決めるって市ってました?、発表は、2月1日付けの政府広報で、それ以前は正式には立春がいつだかは、教えてもらえないんですよ。でも、計算では、ずっと先まで出ていて、カレンダー屋さんは困らないのですが、天文台はあくまで、毎年太陽の観測をして決めているのです。「万が一、太陽の動き変わってしまったら二十四節気などの暦も変わる、だから必ず観測をする」というのが正しい科学の態度なのです。)
(http://www.nao.ac.jp/ 国立天文台より)

7日の新聞には、沖縄の石垣島に新天文台が誕生の記事。口径1メートルの光学・赤外線望遠鏡を標高200メートルの前勢岳に設置するとのこと。石垣島は、待機の揺らぎが少なく、特に夏は晴天率が4割を超え、天文観測に最適らしい。
気象台の方は、どうなってるかな?筑波や富士山など、ドンドン廃止が伝えられることが多いなあ!それに、次の気象衛星の打ち上げはうまくいくのか、心配だね。
2月10日(木)午後11時過ぎ、秋葉原で、小粒の霰(アラレ)がパラついたのを見ました。強い寒気の流入で、起きた俄雪かな。(ちなみに、霰も霙「ミゾレ」も、気象観測では「雪」に分類されます。)
今日は、夕方から池袋で友人と飲んだ後、9時頃に分かれて山手線で秋葉原へ向かいました。山手線は空いていました。電車のイスに座って、ぼんやりと周りを見回していると、なんと、広告が全て環境問題のもの。そうなんです、全体が「環境広告」の車両でした。
「暖房の設定を20度にすると、省エネができます。」

(省エネ車両の外観)

(省エネ車両の中)

(車内のポスター)

ということで、2月16日には、京都議定書が発効となります。
2月9日(水)今日は、雨水探検隊のI氏と打ち合わせ。19日(土)の午前中に子供たちと、「雨のお話」を行うことになる。場所は、墨田区・小村井の小学校後地の雨水資料館。内容は、前半が「雨はどうして降るの?」などのお話、後半は「雲や霧・雨を作る実験」の予定。
これは1回目の試みで、この春から、小学校あとのビオトープ(池)で、稲を栽培したり、教室で雨の絵本を展示したりの活動に参加する予定。月に1回程度は「雨」に関する授業もやる見込み。定期的に雨の教室をやって行くつもり。がんばらなければ。
2月7日(月)休養の一日。母の目の手術はうまくいったが、まだ赤く充血している。今日は、一緒に買い物へ。病院は暖かかったが、外は寒い。手袋に毛糸帽子の重装備で出た。慌てたため、カメラは持たずで、写真はなし。野菜とカツオのたたきなどを買う。
早めの夕食で、風呂に入って寝る。
2月5日(土)昼から雨水国際会議、雨の環境教育分科会の打ち合わせ。(小村井のあまみず「ふれあい館」)
夜に家へ帰ると、気象庁から郵便物。内容は、気象予報士現況調査なるものが届けられていました。
「気象予報士は、5千名を超え、近年、予報業務許可事業以外の分野で活躍される予報士の方も増えております。」との説明です。
実は以前の調査で、『気象事業者に所属している気象予報士は、全体の15%で、気象庁と防衛庁職員を加えても28%しかいない。残り72%の気象予報士は活動状況が不明。』との情報があります。つまり、70%くらいの人が、気象予報士として仕事ができていないのです。(ただし、この中に少数、私のように、個人で気象の講演をしたり、保険会社の天候デリバティブを担当するなど、気象事業に所属せず気象関係の仕事をしている人がいるらしい。今回のアンケートでは、そんな人を探して、認可事業以外にも働き口があると言いたい節も感じられます。)
予報士の70%が、気象関係の仕事につけないのはおかしいでしょ?
一方、テレビなどでは、気象予報士でない人が天気予報を読んでいます。(予報をしているのではありません。)つまり、予報士でない、アナウンサーやタレントが天気予報の文章を読んでいるのです。これを全部予報士に限定していれば、気象予報士の働き口も増えたのですが、予報士制度ができるときにテレビ局は猛反対したノデス。(予報士の試験は、頭のよいアナウンサーでも難しいですからね。)
しかも、気象予報士の予報には制限がありますが、天気予報を伝える(読む)のは予報士でなくてもきるノデスヨ。だから、毎年4月になると、気象用語やアメダスの地名が読めない新人がいるのです。もちろん、そんな人は、気象のこともわからず、コメントも原稿を作ってもらっています。(予報の制限についての詳細は、解決策1で説明。)
また、日本では、天気予報は基本的に気象庁が出して(テレビの画面に出る県別の予報まで)、気象予報士はポイント予報(市町村より狭い地域に制限)を行う資格しかないのです。アメリカでは、気象局は観測だけをして、予報は民間に開放、各予報士がそれぞれの予報を出すことができます。責任も重いけど。(ただし、アメリカの自分で予報を出せる予報士は少数、大学教授クラスだから、5千人もいませんよ。)
解決策:1、アメリカのように、気象庁は観測、予報士が予報と分ける。(ただし、現在の日本の予報士で、全国の予報をできる能力と設備を持った人は一部で、ほとんどはポイント予報以外はしたことがありません。解説はするけど。また、気象庁が予報を民間に開放するには、国会で審議するため長い時間がかかるでしょう。)
解決策2:、予報士でなければ天気予報をできなくする。(これで、大幅に気象予報士の需要が増えます。しかし、気象予報士でキャスターとしてすぐ使える人は、少ないでしょう。できる人はもうやってるもんね。)
解決策:2-2、天気予報を読むだけなら、資格は要るが、簡単に取れる初級気象予報士のような資格をつくる。(書き取りにように気象用語と地名がわかればとれるようにする。また、その上の、経験を要する、「上級予報士も作って、難しい部分を解説させる。」)
こんな案を考えましたが、採用はされないでしょうね。
2月3日(木)節分今日は、母親が、五反田の病院で白内障の手術。手術は成功、後は傷の回復を待つだけ、よかった。このため、一日病院につめていた。手術の準備は、昨年からしていたので、精神的には問題はないが、やはり心配。おかげさまで、手術は成功。昨年の、右目の白内障の手術では、回復後に視力が0.7くらいまで回復、運転免許も取れると医師から言われたが、母は自転車にも乗れないのでそれは無理、でも、うれしかった。しかし、難聴気味の母が、大きな声で私に手術の経過を話すので、6人部屋の人たちは、みな事情を知っている。
(写真は、病院の窓から見えた五反田近郊の景)

2月2日(水)強い寒気で、日本海側は大雪。
2月2日午後2時(2のトリプル)に、墨田区役所で、万博の打ち合わせ。(下の写真は、おなじみ、浅草「吾妻橋」の風景、では墨田区役所はどれでしょう?)

3月開幕の名古屋万博では、リピーターを目当てに、「雨水市民の会」は夏休みの8月9日、10日に万博会場でイベントを行います。私の所属する「気象キャスターネットワーク」も、雨水のイベントに参加、瀬戸会場では、ワークショップや対話劇場で活躍します。私は、10日に、大劇場で仲間と環境教育の実践授業。そのほかは、ワークショップで雨や気象のイベントを行っています。皆さん、8月9日、10日は、万博にきてね。よろしく。
1月30日(日)、今日は、気象予報士試験が行われている。受験者は、どんな状態だろう。私は、休養日。ほとんど外に出ない一日。テレビで見た大阪国際女子マラソンは、くもり空だった。花粉は飛でいるのか?
以下は、新聞からの話題。
『花粉のないスギ、「無花粉スギ」を発見。茨城県日立市の材木育種センターで「爽春(そうしゅん)」と名づけた。92年に富山県で見つかった「はるよこい」についで、2例目。約40年前に採取され、気象による害に強い品種として保存したが、雄花を調べると花粉をつくらないことがわかった。20年以上生育した木が68本もあり、挿し木で増やせば、年250本の苗木が取れる。(組織培養なら3倍増も可能)ただスギは、交雑を防ぐために、種苗法で植林地域が限定されており、「爽春」は、本州の宮城県以南の太平洋側と四国にしか植えられない。』とのことだが、今年は花粉の量が多く、今日もかなり飛んでいる模様。気象予報士の受験生にも、花粉症で苦しんでいる人がいるでしょうね。とりあえず、関東から東海・近畿・四国には植えられるので、ドンドン花粉の出ないスギに植え替えてほしいなあ。更に、富山県に母樹が1本だけの「はるよこい」も、組織培養すれば増やせて、日本海側の地方も無花粉のスギに植え替えできるし。花粉症の受験生も、救われるもんね。
は、旧暦について話しました。

暦は、ギリシャ暦などの古代から、権力者が決めるもので、月の日数も、ローマの王が30日を31日に変えたりして、定まって行きました。また、一年の始まりは、今、世界のほとんどで使われている、グレゴリオ暦では、冬至から一週間ほどたったころですが、昔のものは、夏至だったり、立春だったり、現在の3月ころだったりしたのです。イスラム暦では、月の運行で一年を決めるので、1年の始まりがずれていき、暦の日付と季節までずれてしまうのです。
日本は、明治維新の新政府によって、中国式の太陰暦(旧暦)がグレゴリオ暦(新暦)に、強引に変えられましたが、庶民は明治の終わりころまでは、旧暦の習慣を残しており、旧盆や旧正月など、月の運行に従う旧暦で行事を行っていました。現在では、祭りなどで極一部に、旧暦で行っているものがありますが、旧暦ではなく「月遅れ」で行うものがほとんどです。それは、旧暦では、閏月の影響で、2ヶ月以上もずれの幅があるため、毎年の行事の予定を立てるのが非常に大変だからです。でも、「月遅れ」となった時点で、月の運行とは違ってしまい、15日の行事も、満月ではなくなってしまいました。
現在は、更に祭りのやり方も変わってきています。祝日の決め方が日にちではなく、曜日で決まってしまうため、1月15日だった、成人の日が、10日になってしまうため、15日に成人式と同時に行っていた、小正月の行事もいよいよできなくなり、日にちを移動して、月曜日の成人日やその前の日曜日などに行うようになってきました。これまでの小正月も、江戸時代と違って、15日といっても新暦では満月ではなく、月明かりで行っていた、行事ができなくなり、明治からは松明、戦後は電気の明かりの下で行っていました。小正月は、庶民のお正月で、武士や大店の商人が権力者の決めた、元旦の新月の夜に高い明かりを煌々とつけて行う正月の行事にたいして、タダの月明かりの下、ドンド焼きなどの行事を行っていたのです。小正月には、薮入りといって、正月の松の内は働かされていた、使用人や職人などが実家に帰って、小正月を行うことが許されていたのです。
現代は、新しい行事も生まれてきています。バレンタインやクリスマス、そして、(下の写真)

節分の日に食べる、太巻き寿司も、現代の新しい正月行事ですね。(写真は試しているところです。)
さて、現在のお正月は、少しずれてはいますが、ほぼ「冬至」正月といえます。一方、江戸時代までの旧暦や、中華街などで祝われる春節は、「立春」正月です。また、1月17日は、小説「金色夜叉」の中で、間寛一が「今月今夜のこの月を曇らせてみせる。」といった「寛一ぐもり」の話などをしました。明治の観客は、17日が旧暦ではどんな月が出るか、全員が覚えており、作者の意図を理解できたのです。ここ10年は、1月17日といえば、阪神大震災の起こった慰霊の日となってしまいましたが、10数年前までは、「寛一ぐもり」が、17日の話題だったのです。
30日(日)の気象予報士試験の受験者などから、気象の質問も、いっぱいもらって、充実した放送となりました。皆さんに感謝。
1月28日(金)、休養、ゆっくり起きる。メールの整理、講演の依頼が二件があった。3月のマリーナ・ビーチ協会と7月の静岡・富士市の鷹岡公民館、両方ありがたくお受けする。
夕方から、雨水市民の会の「雨の絵本ひろば」を作る会議に出席。墨田区の小学校後に「雨の絵本のひろば」を作る計画が進行中。乳幼児とそのお母さんが、利用できる施設。洗濯物が乾かなくて「ユーウツ」な雨の日にも遊べるところを作る予定。私は、そこで雨のお話をする役。将来は、小学校や幼稚園などで、雨の出前授業をしたいと思っています。会議は、9時過ぎに終了。
金町に帰って、一杯。あとは、明日のストーリミング放送の準備。
1月27日(木)、まだ名古屋にいます。
昨日は、栄(さかえ)の「山本屋」へ味噌煮込みうどんを食べに行きました。

評判どおり、煮込んでもしっかりしていて、おいしい。(噛みごたえがありました。)
トイレにあった生け花のヤナギが、芽を出していました。生命力が強いね。

そういえば、東京の銀座や皇居のヤナギは、まだ、落葉せず、緑の葉をつけたままとのニュースがあったっけ。暖冬と都市気候(ヒートアイランド)のせいだね。

帰りは、大須観音へお参りに。(記念撮影)
大須観音は、もう「豆まき」の準備をしてパイプの足場を組んでいました。
今夜は、東京に帰ります。
1月26日(水)、一日遅れで、25日の講演の報告です。行き先は、福井県の芦原温泉、「花咲ふくい園芸振興大会」。共励会の表彰の後、「トレーサビリティと農薬の安全」と「気象情報の活用」の講演。もちろん、私が気象、トレーサビリティは坂井農林事務所の方。

講演は、いつものとおり、1時間30分ではしゃべりきれず、質問の時間が短い。途中で使う霧吹き(なんに使うかは、また今度)を忘れてしまったが、会場のキッチンで借りてセーフ。
午後4時には、終了。
帰りは、JRで、米原へ、ここから新幹線。名古屋で気まぐれに友人に電話したら、在宅。そこで、途中下車。新幹線の特急券は取り上げられたが、乗車券は、8日間有効。
ということで、今日は名古屋に滞在中です。
初めて、ほかの人の日記を引用してみました。以下が、私のつけたコメントです。
阪神大震災のことだったので、防災士として、以下のコメントを書いてしまいました。
『地震は食い止めることは出来ませんが、被害は減らすことが出来ます。防災士はこれを、「減災」と呼んでいます。家は、耐震補強で倒れないようには出来ます。(傷むのは仕方ありませんが)また、家具を止めておけば下敷きにはならないですみます。これだけで、生き延びる確率がだいぶ高くなります。日本なら、最初の15分を生き延びれば、ほとんどの人が助かるでしょう。(一部は、エコノミー症候群などで事後になくなる方もいますが)全員が助かることは不可能ですが、後悔しないように、出来ることはしておきましょうよ。』
1月24日、講演の準備。あす25日は、福井へ講演に行きます。対象は、農業関係の人たちです。データなどを見ているうちに、日が傾いていました。講演のことは、明日奉公します。
夜になって、神田の気象キャスターネットワークの事務所へ、顔を出しました。事務所では、I(アイ)氏が気象予報士になる人たちの授業の準備をしていましたが、そういえば、30日(日)には気象予報士の国家試験が行われます。受験者は、がんばってくださいね。
(追記)ほかの人のブログを覗いて見ました。コメントをくれた、「ごすんくぎ」さんや「モハE501」さんは、ページが見つかり、コメントをつけました。
1月23日(日) 寒い曇り、風は弱いが雪もちらつく。江戸川の新八水路(柴又「矢切の渡し」の横にある水路)の魚類調査を見に行く。

調査は、寒い中、朝10時頃から行なわれていたが、私は午後2時過ぎから覗きに行く。

(前日、夜更かしして起きられず、スミマセン)
寒いのに、川に入っての投網などの作業には頭が下がる。(写真は、特に元気な中学生、他の大人はぶるぶるでした。)


冬は獲れる魚も少ないが、水槽の中にはメダカやハス、チチブなどが多数泳いでいた。

私が行った頃には、もう採集はほとんど終わっており、魚を計測して、放流する作業が行なわれていた。


作業中は、曇りで日差しは無かったが、風は弱く、まだ、しのぎやすかった。しかし、帰る頃には雪がちらつき、寒さが強まってきた。(きょうは、写真集のようになってしまった。)
次回(2月13日の予定)は、ちゃんと水に入って、調査に参加しなければ、と反省。
1月22日(土)、今日は、午後から江戸川の川原を散歩。魚の調査の日だと思っていたが、勘違い。江戸川河川敷の矢切の私付近には、観光客の群れがいただけ。その他は、いつもの江戸川の風景。(いつものとんがり帽子の貯水塔)

その側には、カモも泳いでいた。

貯水塔から離れ、柴又方面へ向かって歩く。矢切の私を過ぎ、生物調査を行う新八水路まできたが誰もいない。調査の日は、あすの23日と掲示があってがっくり。(下が、新八水路の写真。江戸川に流れ込んでいた支流の跡が水路として残っている。トンボや、メダカなどの生息地)

水路には、明日また来ることにして、柴又帝釈天方面へ向かう。
途中の土手下では、電柱の付け替え工事中、珍しいので写真撮影。

その後は、土手を降りて、帝釈天へ向かって進む。
途中に、小学校の同級生が営む、釣り用の和竿屋がある。(「和竿、安兵衛」の仕事場の窓、安兵衛葉いなかった。ガラスには、私が鏡に写ってしまった。)

竿屋の前には、たくさんの竹(竿の材料)が、立てかけてあった。

和竿の職人としては、友人の「安兵衛」はまだ若い(年齢は52歳)ので、竿は高くは売れないらしい。そこで、材料の竹を仕入れて、同業者に卸して生活しているらしい。この竹を育てるためには、2年から3年以上かかり、竹山の手入れまでも手がけているので、春から夏は、安兵衛は九州や四国を駆け回っているらしい。(以上)
1月21日、今日はとくに行動なし。ニュースの話題から。スギ花粉は、今年最も多くなり。そう厚生省も花粉について会見したようだ。(後で確認)朝日新聞では、花粉特需の記事。5人に一人は花粉症にかかっており、過去最多(都内は、冷夏で少なかった昨年の30倍)の花粉飛散となりそうなこの春は、例年より早く花粉の特設コーナーを設け、花粉商戦は大盛況との事。
一方、週末の天気は、冬型が強まり、日本海側は大雪の予想。新潟の妙高では46センチ雪と、寒中らしい天気に。
また、外来魚のオオクチバスは、6ヶ月伸ばされるが「特定外来生物」の指定に向かいそう。今日の記事では、小池大臣が、延期もダメといっているらしい。壊れてしまった自然は取り戻せない。自然や魚獲りは大好きだけど、一部の釣り人の横暴には、何時もムカツイている。違法な放流は誰もが知っていること、素直に認めたほうが良いと思う。みんな、公明正大な、素晴らしい釣り士になってほしい。あすは、今年最初の江戸川の魚類調査の日。寒い中、投網で魚を取って調査。(獲るのは、ボランティアの皆さん、私は今回は見守るだけ。すみません。)
今日は、こんなとこかな、では。
(追記)22日の新聞朝刊では、オオクチバス6月から規制の記事。
『「オオクチバス、一転指定へ 外来種被害防止法の対象」 固有の生態系を守る外来種被害防止法で規制する対象種の選定を進めている環境省は21日、ブラックバスの一種オオクチバスについて指定先送りの方針を見直し、6月に予定している法施行時点で指定を目指すことを決めた。小池百合子環境相が同日「まず指定すべきだ」と強い意向を表明し、担当部局が従った形。31日に開かれる専門家の全体会合で論議した上で正式決定。』とのこと。小池環境相mがんばるじゃないの!
1月20日(木)、練馬区の西部池袋線「桜台」駅近くの、豊玉第二小学校へ、「地球温暖化」の出前授業を行いに行ってきました。天気は快晴、青空の下、6年生の42名の生徒や先生がまっていてくれました。(授業は部屋の中でしたが)

前半は、パソコンとDVD、プロジェクターを使ったお話、後半は温暖化の実験です。温暖化の実験は、空気と二酸化炭素の入った箱を電球で暖め、30秒おきに温度を測るもので、東京都の職員の人に手伝ってもらいました。私は、得意の、ペットボトルに雲を作る実験を見てもらいました。

昼すぐには授業は終わり、生徒たちと同じ給食を食べさせてもらい、学校を出ました。
最近は、生徒数が少ないようで、42名でも2クラス編成だそうです。1クラスの中だけでは、サッカーが出来ないね。
私は、小学生が相手でも、クイズなどは苦手、大人と同じような話し方をしてしまいますが、みんなしっかり聞いてくれました。
京都議定書が発効(2月16日から)することや、センター試験(地理)に地球の夜の写真(日本やアメリカ・ヨーロッパなど北半球の先進国では、夜でも沢山の証明が使われ明るくなっているのが、衛星写真でわかってしまう)が使われたことなど、最近の話題も話してきました。
以上。
1月19日。明日は講演。行く先は、練馬区の、豊玉第2小学校。50人くらいの小学生に講演。絶対見せるのは、全球(地球全体)を写した、気象衛星の写真。(昔は「ひまわり」、今は、「ゴーズ」)、名前は変わっても、地球を定期的に写す重要な衛星だ。(http://www.tenki.jp/him/1t100.html)気象衛星全球の写真へ
(追記)
実は、この日、気象キャスターネットワークの事務所(神田にあります)で資料を準備し似いきました。授業の準備が終わった後、一人で飲みに行っってしまいました。場所は、行きつけの、千葉県・松戸のある「程々」という居酒屋。酒の量は、適量でしたが、帰ってから、自宅で翌日の準備をしたため、睡眠時間が3時間ほどしか取れませんでした。出前授業は、気が張っていたので、つつがなく終わりましたが、午後に気象キャスターネットワークの事務所まで帰りついたところで安心し、2~3時間事務所のソファーで爆睡してしまいした。(写真は、居酒屋で、タラの芽のテンプラ。)

1月18日、TBSテレビを見ていて、天気キャスターの森田氏が、センター試験の英語に天気図を使った問題があり、問題の中の天気図で前線マークが逆さまについているといっていた。そこで、新聞掲載の英語の問題を見てみると、天気図出ている前線は、三角マークの寒冷前線だけだが、確かにむきのおかしいものが目に付く。どちらかといえば、北側凸なモノは、温暖前線(半円マーク)にしたほうが良いのではないかと思う。
1月16日、昨日から行なわれている大学入試センター試験一日目の問題が、新聞に掲載された。気象に関係するのは、「地理B」の第4問だ。4問は、問1から問7まである。このうち、問1から問4までが気象に関係した問題となっている。
問1は、大気汚染や酸性雨などの環境問題。
問2は、冷害や火山・地震などの災害問題。
問3は、農業と気候関係。
問4は、オゾンホール。
この問1から問4あたりが私が最近の講演で、扱っているものが多い。
ちなみに、問5は人口問題、問6は都市の説明、問7は国の社会・経済問題と純粋な地理の問題だった。
気象の関係の問題の中身を見てみると。問1では、Aヨーロッパ、B中国の沿岸から日本、Cアメリカ・カナダ国境付近、三箇所の大気汚染や環境問題についての説明文がかかれており、どれに該当するかを選ぶ問題。Bの中国から日本にあたる説明文には、こんな文章が書かれている。「ア、大陸部の石炭に大きく依存する産業地域の急速な発展にともない、大気汚染物質による住民の健康被害が生じている。大気汚染物質は近隣諸国にも降下しており、生態系への影響が懸念されている。」という文章だが、いいのかな?中国の産業の発展は、確かに現在は「石炭に大きく依存」し、中国の住民には呼吸器系の病気(喘息など)の石炭スモッグ(日本の1960年代頃の状態)による健康被害が出ている。また、「近隣諸国に降下している大気汚染物質」とは酸性雨のことだが、日本は雨や雪の降る量が多く(年間1000~2000ミリくらい)、酸性雨は薄められて、生態系への影響はほとんどない。酸性雨の被害は、ヨーロッパの北欧のように緯度の高い地域で、雨量の少ない地域の湖などが酸性化し、魚が死滅し生態系が壊されるような被害が出ている。ただ、中国でも使用するエネルギーが急速に石炭から石油に切り替わっており、今後は近隣の日本や朝鮮半島などでも、光化学反応による窒素酸化物の大気汚染が始まってくると予想されている。こちらの方は、光化学スモッグや環境ホルモンなど、生態系に影響する大きな問題となってきそうだ。
問4は、オゾンホールの問題だが、ちょっとデータが古い。
1979年と、1995年のオゾンホールの変化した図が出ている。カラーではないので、オゾン全量の数値を読みとるのだが、オゾンホールに相当する150(ミリ・アトム・センチメートル)以下のオゾンの少ない範囲が1995年には出てくるようになる。ちなみに、2003年の図をいっしょに出してみたが(添付画像)まだオゾンホールは大きくなっている。問4の間違っている例文④の「南半球の多くの国々」だけではなく、全世界でオゾン層破壊の原因となる、フロンガスの製造は禁止されえている。しかし、すでに大気中に放出されえてしまったフロンガスやまだ自動車のクーラーなどに使われているフロンガスが違法に放出されるなどの原因で、オゾンホールはまだ後10年くらいは拡大してしまいそうだ。(関連で、1月13日の日記「オゾンホール発見の秘話」もあります。)
1月15日 悪目の予想を書いたが、東京は八王子などの多摩方面で雪となったが、都心は冷たい雨。(少し反省。)今回は、コンピューターの予想がズバリ、当たった。センター試験も大きな混乱はなく、よかった。
一方、私の方は、出演交渉が成功。気象キャスターの卵、横山さんにストーリーミング放送に出演してもらった。反響は大きく、3時間は、質問や回答に追われるままに過ぎ去った。
21時05分、放送終了。外の雨は、ますます激しくなっていた。東京都心は、雪にはならなかったが、冷たい雨の一日。ストーリーミング放送は、恙無く終了。(下は記念写真)

帰りの電車は、今日は乗り過ごすことなく、無事葛飾に到着
。ただ、新しいことに気が付いた、柴又方面行きの電車で駅に停車中冷たい風を入れないようにドアを閉め、一つのドアだけ開ける用になっていた。(写真、わかりにくいけど、真中のドアは開いているが奥の方のドアは閉まっている。)

北国では駅についてもドアは開かず、降りる人が手で開けるのは知っていたが、東京での「冬仕様のドア一部だけ開く方式」があるのを、はじめて確認した。冬の風物詩かな。
1月14日気象キャスターネットワークの事務所で、小学校講演の打ち合わせを行う。20日に、練馬の小学校に地球温暖化の講演に行く予定地。対象は、6年生の42名。先方には、私のプロフィールを送った。(内容は、ここの自己紹介を詳しくした程度)当日が楽しみ。
また、明日は、18時から「ひかり荘」のストリーミング放送の日。できれば若い女性の気象予報士を連れて行きたいが、明日の交渉しだい。予報士の卵たちは、試験の直前なので、参加は無理。
気圧配置を見ると、15日(土)は、朝から雪になりそう。どうも、放送の日は荒れ模様の天気となる運命のようだ。大学の共通一時試験も行われるので、混乱しそうだ。
日本海側の大雪で騒いだが、長続きせず、太平洋側で雪や雨が降るということは、暖冬の証拠。新潟の雪下ろしは15日は一段落だが、16日から18日は、南岸の低気圧が過ぎ去り一時的な冬型、中越はまた雪が降りそう。
昨日12日の新聞記事、気象研究所の中鉢さんの記事が出ていた。その記事は、日本人の発見が世界には簡単に知れ渡らないことをかいている。要約する。『南極昭和基地でオゾンの観測をしていた人だ。1982年9月4日に、オゾン量が突然減ったのを発見した。それまで15年分のデータになかった減り方。観測機械の故障ではないかと、何度も点検したが異常は無かった。オゾン量は、10月28日に通常に戻った。上空で有害な紫外線を吸収してくれる、オゾン層が減る時期があると確信したのは、米国の基地での観測でも同じだと知ってから。しかし、83年に観測データを発表しても反響はなかったということだ。その後、85年になってから、英国の南極チームのJ.ファーマンらが、南極のオゾン量の大きな減少についてフロンの原因説を論文に発表。世界中が大騒ぎになった。』中鉢さんは、最初にオゾンホールを発見したが、あとからオゾンの大きな減少の論文を発表したJ.ファーマンらは、中鉢さんの発表を無視していた。世界は、日本人の論文など文献として調べないのだ。中鉢さんも、周囲にフロンを理解してデータを見る人がいなかった。間違いではないという一念はあったが「もう1歩踏み込めなかったか」と反省しているが、同じオゾンの研究をしている研究者と、連絡を取り合っていれば、展開は違っていただろう。現在は、ネットを使って、研究者が横の繋がりを持っているので、発表を無視されることは少なくなっているようだ。
1月12日、日本海側の大雪が続いている。ニュースでは、新潟の雪降ろしで騒いでいるが、例年この頃には、日本海側の雪が続く。明日は、冬型が緩んでくる。週末は、気圧の谷が通過し、太平洋側も雨か雪。

(写真は、中村獅童 、中村七之助などの若手で歌舞伎を公演中の、浅草公会堂。)
寒さの中、母が若手の歌舞伎を見にでかけた。私は、休みで、留守番。
よく晴れた4日の午後、矢切の渡しで、江戸川を柴又から千葉県側へ渡って散歩。東京都川の川岸には、金町浄水場のとんがり帽子をかぶったような取水等が立っている。

サイクリングやジョギングの人に混じって渡し場まで歩く。正月なので、渡し場には観光客が大勢きていた。矢切の渡しは大忙しで、応援が一艘きており、二艘でフル回転。観光客は、往復の料金(200円)を払って、また柴又へ戻っていく。

私は、土手に上がり、市川方面へ歩く。松戸から市川にかけての土手沿いには、一面にネギの畑が広がっている。畑ではネギを収穫し、「初荷」として出荷する準備をしていた。

土手には、暖かな日差しが降り注ぎ、西洋タンポポも咲いている。(西洋タンポポは四季咲きなので、秋から冬でも温かな南側の土手を探せば見つけられる。ちなみに、日本タンポポは、春しか咲かないので、他の季節には花は見つからない。)風はあるが暖かな日差しに心地よい程度、目的地は里見公園で、ゆっくり歩く。里見公園の中には、市川市の最高地点の標識があった。公園を抜けて、ジュンサイ池へ向かう。ジュンサイ池には、カモやカモメが群れていた。

帰りはバスで、松戸駅へ。
1月4日(火)は、東京は、昨夜から南風が吹き、朝から気温が12度と暖か。日中は、北風で寒くなるとの気象庁の予想だが、反対に気温は更に上昇。最高気温は、午後2時頃には18度くらいまで上がって、世間は暖かな仕事始めの日となる。私は、まだ仕事の予定はなく、近くの江戸川の川原へ散歩に出る。暖かさで、ミカンや類の庭木がたわわに実っているのが目に付く。

東京は、都市化で柑橘類に適地となっているようだ。確かに、東日本の太平洋川は、サンベルトと呼ばれるほど日照時間は多い。シベリアの寒気(冬将軍)に覆われ、厳しい北の季節風が吹かなければ、柑橘類の栽培には十分だ。ヒートアイランド現象が、東京を温室と化し、柑橘類が繁栄しているのだ。同様に、ビワの花も1ヶ月くらい早く咲いているし、昔は温暖な伊豆などでしか見られなかったアロエの花も満開。

三日は、なにもしない一日。寝正月。昨日、嬬恋神社から頂いてきた、「夢枕」をしいて寝たが、初夢もハッキリしない。憶えているのは、なんだか学校のような所で、教えていたようだ。何を教えていたかは分からないが、生徒を怒っていたような気がする。実生活でも、気象や環境の講演を、小学校などでしているが、生徒を怒ったことはない。普通の先生と違って、1回だけの授業なので、楽しい話だけをするし、テストもないので、眠くならない限り生徒も静かに聞いてくれるからだ。初夢で、授業をするということは、今年は講演をたくさんやる気持ちの表われなのか?他に意味があるのかよくはわからない。ただ、8月の雨水国際会議では、「雨の環境教育」について、実際に体験授業を行なう予定なので、心構えはしているのだが。がんばらなくては。

(写真は、昨年夏のもの)今日は、これで日記は終わり。
正月二日は、事始め。私は、いままで、「初夢は2日の夜に見た夢だ」というのが、どうにも理解できなかった。しかし、組織を離れ、フリーとなって二年目の今年、その意味がやっとわかたような気がスル。なぜなら、会社(組織)や仕事の呪縛が解かれて、やっと昔の人は神様にしばられ(捧げてかな)て元日を過ごしたことが想像できたから。
私はこれまでは、天気予報という仕事上、24時間の交替勤務で正月休みもなく、たまに元日に休みが取れても、気持ちは休めていなかった。気象協会を退職して2年目の今年になって、やっと元日に仕事を忘れていられた。そして、二日の事始めにキーボードを叩いていて思うのは、昔の人は元日の夜までは夢を見ても正月行事の一部で夢も神様のもの、二日の事始めの夜にやっと自分の夢を見られると思ったのだろうということ。こんなことを考えるのも、年をとったせいかな。さて、良い初夢が見られるように、妻恋神社(文京区湯島3-2-6http://www.city.bunkyo.lg.jp/cgi-bin/kview.cgi?ID=20)へ夢枕を買いに行こうか。

(江戸時代の万治年間(1658-61)から、正月二日の晩に枕の下に敷いて寝ると良い夢を見る、という縁起者の木版刷りの「夢枕」(絵)が売り出された。「福寿鶴亀」と「七福神の乗合宝舟」の二枚の版木が妻恋神社に残されている。)
追記:午後遅く、慌てて湯島の妻恋神社へ行き、夢枕を授かる。

今夜は、これで良い初夢が見たいもの。夢枕は、上下が一応のり着けしてあるが、ちょっとなかは覗ける。宝船の絵が見える。(写真)。

「年の瀬低気圧」によって、西日本から降り出した雪(大阪などが初雪)は、昼前から東京など東日本でも降り出し、大手町では2センチほどの雪積となった。29日に降った初雪より積雪は多い。しかし、午後3時ころから雪は雨に変わり、道路の雪は解け始めた。夜になってもまだ、屋根や庭木などは、雪が積もったままで、明日の元旦は、晴れるが、屋根からは雪の落下が続きそう。
今年の冬は、年末から太平洋側で雪が2回も降った。太平洋側は南の海上を進む低気圧で雪が降る。本当に寒い冬なら、寒気に覆われ、日本付近には低気圧が近づけない。つまり、今年は寒気が弱いということ。1月・2月も、関東などの太平洋側で何回も雪が降るなら、暖冬だということ。

今日29日は、冬型となり、関東の天気は回復、東京は寒い冬晴れ。日中は、屋根から解けた雪が、時々落ちる、ドサッという音が聞こえてきた。
ところで、今年は台風が10個も上陸したが、私の生活も台風にかなり影響された。10月9日(土)は台風22号首都圏上陸の中、びしょびしょになってスタジオにたどりつき、よれよれのままストリーミング放送を行った。帰りも、散々だった。(以前の日記に書いた。)また、10月20日(水)は、オフの日だったが、台風23号直撃の中、国立博物館(写真1)に向かった。それは、以前から興味のあった、中国国宝展を見るため。朝から風雨が激しかったが、覚悟の上。葛飾から上野までは、都バスで行ったが、バス停までの5分でけっこう濡れた。上野広小路から博物館までは、道路に雨水の濁流が流れていた。しかし、館内はもくろみどおり、ガラガラ。休日なら大勢並んでいてゆっくりは見られないが、台風の日は、人も疎らで、2時間ほどかけてゆっくり見られた。私は、古代の者は好きで、青銅器や金縷玉衣(写真2、撮影禁止なので、購入した絵葉書から)という宝玉でできた死者の装束を食い入るように見てしまいました。仏教美術にはほとんど興味がないので、古代の殷や商から秦の始皇帝廟にあった兵馬俑(へいばよう)などを、行ったりきたりして、何度も見てしまいました。博物館の中にいると、台風の雨や風はまったく感じられない、やはり台風の日は博物館へ行くといい。(博物館は、宝物を守るために頑丈にできているし、地震がきても大丈夫だろう。)
29日は、日本の南岸を低気圧が通り、東京など太平洋側の各地で朝から雪が降り出した。午後までは、寒くて家の中に居たが、デジカメを持って雪景色を撮利に外へ。何枚か撮ったが、途中でデジカメが不具合、撮った写真がダメになってしまった。雪の中でカードを入れ替えてショートしたのかな?というわけで、今日は、降り始めの雪景色(自宅前)の写しかありません。日が沈む頃には、東京・葛飾区金町でも、2から3センチの積雪。平年の東京の初雪が、1月2日だったかな、4日早いか。2000年までは、12月30日が平年日だったが、この10年暖かい冬が続き、3日も平年が早まっている。
気象10大ニュース(2004)
1.台風、過去最多の10個上陸〔4号(6/11)、6号(6/21)、10号(7/31)、11号(8/4)、15号(8/20)、16号(8/30)、18号(9/7)、21号(9/29)、22号(10/9)、23号(10/20)〕
2.猛暑〔北日本・東日本・西日本で気温が高くなった。真夏日総数、東京が70日で過去最多、連続は40日で過去最長(7/6~8/14)。大阪は94日、熊本は105日。特に東京は、最高気温39.5度(7/20)最低気温29.6度(7/21)で、ともに観測史上最高。甲府では、40.4度(7/21)で、国内歴代2位の高温記録。〕
3.豪雨、過去最多〔全国で、1時間に50ミリ以上の雨がのべ468回、1日に200ミリ以上の雨が463回、1日に400ミリ以上の雨が30回で、いずれも過去最多。主な豪雨災害、新潟・福島豪雨(7月)、福井豪雨(7月)、静岡市で・10時間で350ミリの豪雨(6月)、愛知県一宮の豪雨・5時間で260ミリ。(7月)〕
4.年間を通しての高温〔東日本は、平均気温が平年より1.3度高くなり、過去1位。北日本と西日本は2位。(12月18日まで)。春は全国的な高温、夏も6・7月を中心に猛暑、秋は9月の残暑と11月の記録的高温、12月も暖かく北日本の雪も遅れている。〕
5.風も強かった〔台風は、10個上陸しただけでなく、接近したものも19個に達し、この影響で日本全国の暴雨風をもたらした。例:東京の最大風速は、年間では40.2m/sで1位。(月別では、3月・5月・8月が1位、2月・4月が2位)〕
6.空梅雨でも、降れば大雨〔全般に、梅雨前線は不活発だったが、7月中旬には北陸で活発となり、新潟・福島豪雨、福井豪雨が発生した。一方、東日本の雨は少なく、東京の梅雨期間の降水量は平年の半分以下。〕
7.暖冬〔初雪・初霜・初氷などの便りが、平年より3週間から1ヶ月も遅くなった。例:東京では昨冬(2003年12月~2004年2月)「冬日(ふゆび)」がなかった。これは、観測開始以来3回目〕
8.スギ花粉が非常に少なかった(春)〔去年(2003年)の冷夏の影響で、スギの花芽が育たなかった。しかし、今年の夏(2004年)は、猛暑となり、来年(2005年)の春は、過去最高レベルに花粉が多くなるので、警戒が必要。〕
9.オホーツク海側で、ドカ雪(1/14~16)〔1月、北見市で大雪、最新積雪171cm(観測史上1位)〕
10. 富士山測候所が無人化(10/1以降)〔昭和7年から始まった、富士山頂の有人観測に幕。今後は、無人観測が続けられるが、人の目が必要な、「天気」や「初雪」などの観測はなくなる。〕
(番外)気象庁のマスコット「はれるん」誕生。〔太陽、雲、雨などをモチーフとし、手には災害のない地球への祈りを奏でるタクトを持つ。写真あり〕
(気象協会の作成したものを、一部原田が変更しました。空梅雨を独立させ、暖冬を加え、マスコットを番外に。)
追伸:27日の放送で、地震の規模の計算を間違えた。M7とM9のエネルギーの差を、30×30=90倍と書いてしまったが、900倍の間違い。掛け算も間違うほど、興奮していたのかな。
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